「農薬を減らしたいが、雑草や病害虫を抑えられなければ収量が落ちる」——このジレンマは、多くの農業経営者が抱える根深い課題です。とくにグリホサート(ラウンドアップの主成分)に代表される広範囲除草剤は、世界中で耐性雑草が広がり、効きにくくなっています。
この問題に、医薬品開発で生まれた最先端技術「標的タンパク質分解」を持ち込み、散布量を最大100分の1にまで減らせる可能性を打ち出しているのが、英国発のバイオテック企業Bindbridge(バインドブリッジ)です。本記事では、同社の技術・事業・競合環境を、日本の農業従事者の視点から噛み砕いて解説します。

会社基本情報
Bindbridgeは、英ケンブリッジ大学出身の研究者3名が2025年3月に設立した、英国拠点のアグリバイオ・スタートアップです。設立からまだ日が浅いながら、独自のAIプラットフォームと、医薬品分野で実績のある「標的タンパク質分解」技術を農業に応用する着眼点で注目を集めています。
- 社名:Bindbridge(バインドブリッジ)
- 設立:2025年3月
- 拠点:英国(ケンブリッジ)
- 共同創業者:George Crane博士(CEO)、Alex Campbell博士(CTO)、Simeon Spasov博士(リードML研究者)
- 事業領域:次世代の作物保護剤(除草剤・殺虫剤・殺菌剤)の計算機による分子設計
創業チームはケンブリッジ大学時代からの仲間で、機械学習エンジニアリング、植物生物学、化学、農業、ベンチャー育成にまたがる経験を持つ約8名で構成されています。
事業概要
Bindbridgeが取り組むのは、ひとことで言えば「植物や害虫の体内で、狙ったタンパク質を丸ごと分解して取り除く」タイプの作物保護剤です。従来の農薬の多くは、標的となるタンパク質(酵素など)の働きを「邪魔して止める(阻害する)」仕組みでした。Bindbridgeは止めるのではなく、標的そのものを細胞から消し去るアプローチを取ります。
CEOのGeorge Crane博士は「これらの標的タンパク質を阻害するのではなく、細胞から完全に取り除く」と説明しています。この発想の転換が、後述する耐性問題の克服や散布量の大幅削減につながっています。
当面の最重要ターゲットは、グリホサートに代わる広範囲(ノンセレクティブ)除草剤の開発です。加えて、殺虫剤・殺菌剤、さらには散布で植物の性質を変える「スプレー型形質」(養分利用効率、乾燥耐性、高温耐性など)への応用も視野に入れています。
技術・プロダクト構成
Bindbridgeの中核は、医薬品創薬で確立された標的タンパク質分解(Targeted Protein Degradation, TPD)という考え方を農業に持ち込んだ点にあります。専門用語が続くので、順を追って噛み砕きます。
分子接着剤(モレキュラーグルー)とは
Bindbridgeが設計するのは「分子接着剤(molecular glue/モレキュラーグルー)」と呼ばれる低分子化合物です。これは他の除草剤と同じように圃場に散布でき、雑草や害虫の細胞内に取り込まれると、次のように働きます。
- 2つのタンパク質を「接着」させる:標的にしたいタンパク質と、細胞内の「タンパク質分解装置」であるE3リガーゼ(ユビキチンリガーゼ)を物理的に近づける(プロキシミティ=近接を誘導する)
- 分解の目印を付ける:近接させることで、標的タンパク質に「分解せよ」というタグが付き、植物・害虫自身の分解システムによって壊される
- 標的を完全に除去する:阻害ではなく除去なので、標的の機能が根こそぎ失われる
イメージとしては、細胞がもともと持っている「不要タンパク質を処分するゴミ処理システム」に、雑草にとって必須のタンパク質を無理やり放り込ませる——という発想です。
触媒的に働くから散布量を最大100分の1に
分子接着剤の最大の特徴は、触媒的(catalytic)に働く点です。接着剤自体は反応で消費されないため、1つの化合物が次々と多数のタンパク質を分解できます。Bindbridgeはこの性質により、散布量を従来の最大100分の1(1/100)にまで減らせる可能性があるとしています。
農薬コストと環境負荷の両面で、これは大きな意味を持ちます。投入量が減れば、薬剤費・散布作業の負担・周辺環境への流出リスクがいずれも下がる方向に働くためです。
AI設計プラットフォーム「BRIDGE」
こうした分子接着剤を、勘や試行錯誤ではなくAIで設計するのが同社の独自プラットフォーム「BRIDGE」です。BRIDGEは、実在する化学フラグメント(化合物の部品)と化学反応を組み合わせ、農業現場で求められる条件で生成を制約します。
- 近接を誘導できるか:標的タンパク質と分解装置をきちんと接着できる構造か
- 圃場で使える性質か:分子のサイズ・電荷・親水性(水になじむか)など、散布での安定性や細胞への浸透性に関わる「農学的に望ましい性質」を満たすか
BRIDGEはこれらの条件を満たす候補を最大100件規模で予測・提示します。創薬で実績のあるAI構造モデリングを農業向けにチューニングし、開発期間とコストを圧縮することを狙っています。
従来の除草剤の何が問題で、Bindbridgeは何を変えたのか
ここが本記事の核心です。なぜいま、こうした新技術が必要とされているのでしょうか。
第一に、耐性雑草の蔓延です。グリホサートのような既存除草剤は、長年同じ「作用点(標的タンパク質の活性部位)」を狙い続けてきました。その結果、世界各地で耐性を獲得した雑草が広がり、効果が落ちています。日本でも、繰り返し同じ薬剤を使うことによる効きの低下は現場で実感されている課題です。
Bindbridgeのアプローチは、この耐性問題に正面から応えます。
- 非活性部位を狙える:従来薬は標的タンパク質の「活性部位」を狙うのに対し、分子接着剤は活性部位以外の場所に結合して分解へ導く。これにより、活性部位の変異で耐性を得た雑草にも効かせられる
- これまで狙えなかったタンパク質も標的にできる:「阻害できる場所がない(ドラッグできない)」とされてきたタンパク質も、分解の対象にできる
- 阻害ではなく除去:標的を残さず壊すため、わずかな阻害をすり抜けて生き延びる、という耐性発生のメカニズムが起きにくい
第二に、環境負荷と散布量の問題です。前述のとおり触媒的に働くため、原理的には少量で効きます。農薬の使用量削減は、日本でも「みどりの食料システム戦略」などで明確に求められている方向性であり、Bindbridgeの「最大100分の1」という打ち出しは、この潮流と合致します。
従来は「効かせるために量を増やす→耐性が出る→さらに別の薬を足す」という悪循環がありました。Bindbridgeは「少量で、耐性をすり抜けにくく、新しい標的も狙える」という三方向から、この悪循環を断とうとしているわけです。
実績・パートナー・調達
Bindbridgeは2026年3月、シードラウンドで380万ドル(約3.8M USD/英ポンド表記では約280万ポンド)を調達したことを発表しました。ラウンドをリードしたのは、ディープテックと気候変動分野に強いSpeedinvestとNucleus Capitalの2社です。報道では、Google Acceleratorの支援も受けているとされています。
- 調達額:380万ドル(シードラウンド、2026年3月発表)
- リード投資家:Speedinvest、Nucleus Capital
- 解決しようとする市場規模:雑草・病害虫による年間の作物損失は世界で約700億ドル($70bn)規模とされ、これが同社の狙う市場機会
調達資金は、約8名のチームの拡充、AIプラットフォームの高度化、そして今後12か月以内に最初の農業向け分子接着剤候補のラボ試験を開始することに充てられる計画です。なお現時点では、実圃場での効果実証や上市はこれからの段階であり、技術の前提が試験で確認されるかは今後の検証を待つ必要があります。
ビジネスモデル
Bindbridgeの収益化は、大きく2つのルートを想定しています。
- 大手農薬企業との共同開発(ジョイント・デベロップメント):既存の農薬メーカーと組み、特定の標的に対する分子接着剤を共同で開発する
- 自社での主要化合物開発とライセンス供与:有望なリード化合物を自社で開発し、知的財産(IP)として権利化・ライセンスする
自社で農薬を最後まで製造・販売するのではなく、「AIによる分子設計」というプラットフォームの強みを軸に、開発の上流で価値を出すモデルといえます。これは創薬ベンチャーが製薬大手と組むのと似た構図です。
競合との比較
「次世代除草剤」「脱グリホサート」を掲げるプレイヤーは増えており、アプローチはさまざまです。Bindbridgeの立ち位置を整理します。
同じタンパク質分解系:Oerth Bio
同じく標的タンパク質分解を農業に応用する企業にOerth Bioがあります。Oerthが医薬品由来の「PROTAC」と呼ばれる比較的大きな分子を用いるのに対し、Bindbridgeはより小さく、製造コストの安い分子接着剤を使う点で差別化しています。低分子は、散布での安定性や雑草・害虫細胞への浸透性を最適化しやすいという利点があります。
タンパク質を「設計」する系:Quercus Bio
Quercus Bioは、AIを使ってゼロから「ミニタンパク質(designer protein)」を設計し、雑草内の作用点を狙う新しい除草モードを目指しています。同社の共同創業者は「設計タンパク質が今後10〜15年で作物保護市場の半分を占めうる」とまで予測しています。Bindbridgeが「低分子で標的を分解する」のに対し、Quercusは「タンパク質そのものを武器にする」点が対照的です。
農薬を使わない物理・生物的アプローチ
除草剤に頼らない方向の技術も活発です。たとえば電気で根から雑草を枯らすRootwaveや、AIで雑草だけを狙い撃ちするVerdant Robotics、除草ロボットで物理的に駆除する各社などは、化学薬剤そのものを減らす発想です。Bindbridgeは「化学農薬を、より少量・高選択・低耐性リスクに進化させる」立場であり、これらと競合しつつも、棲み分けや併用の余地があります。
また、生物由来の作物保護では、植物の香りで害虫を操るAgriodorや、ペプチドで病害・線虫を防ぐPI AgSciencesのように、化学合成に頼らないモードも広がっています。Bindbridgeはこうした「脱・従来型農薬」の大きな潮流の中で、AI×タンパク質分解という独自の立ち位置を占めています。
今後の計画
Bindbridgeの当面のロードマップは明確です。
- 今後12か月以内:最初の農業向け分子接着剤候補のラボ試験を開始
- チーム拡充:約8名の体制を機械学習・植物生物学・化学の各分野で増強
- プラットフォーム高度化:BRIDGEの予測精度と生成能力を継続的に改善
- 適用拡大:除草剤を起点に、殺虫剤・殺菌剤、さらに養分利用効率・乾燥耐性・高温耐性などの「スプレー型形質」へ展開
主戦場として想定されているのは、米国・南米のトウモロコシ・大豆栽培です。欧州での適用可能性にも言及しており、グローバルな大規模畑作を最初のターゲットとしています。
悟天のコメント:なぜBindbridgeは強いのか
うわ〜い、これはワクワクする会社だ!僕がBindbridgeを「強い」と思う理由は3つあります。
1つめは、「止める」から「消す」への発想転換です。耐性雑草が増え続けるのは、結局のところ「少しでも生き残るとそこから耐性が広がる」から。標的を丸ごと分解してしまえば、すり抜けの余地が小さくなる——これは耐性問題の根っこに効く考え方です。
2つめは、創薬で実証済みの技術を農業に移植している点です。標的タンパク質分解は医薬品分野ですでに動いている技術で、ゼロから理屈を作る賭けではありません。さらにAI(BRIDGE)で設計を高速化することで、農薬開発につきものの長い時間とコストを圧縮しようとしています。
3つめは、「散布量を最大100分の1」という打ち出しが、日本の政策方向ともど真ん中で合うこと。みどりの食料システム戦略で農薬削減が求められるなか、収量を落とさずに投入量を減らせる技術は、中規模以上の経営にとって魅力的です。
もちろん、まだラボ試験はこれからで、実圃場での効果・コスト・規制クリアという山は残っています。それでも「少量で、耐性に強く、新しい標的も狙える」という三拍子は、次世代作物保護の本命候補の一つだと僕は思います。続報を追いかけたい会社です!
参考URL
- Bindbridge taps targeted protein degradation to ‘unlock a new toolbox’ for the crop protection industry AgFunderNews
- Bindbridge raises $3.8m for targeted protein degradation platform for next-gen crop protection AgFunderNews
- Beyond glyphosate: Quercus Bio targets weeds with designer proteins AgFunderNews
- Bindbridge 公式サイト bindbridge.com
- Bindbridge Crunchbase プロフィール Crunchbase