「点滴灌漑にはどのような利点があるのかな?」「私の農場でも使えるのかな?」と気になったことはありませんか?この記事では点滴灌漑の説明、そして実際に販売されている点滴灌漑システムを紹介します。この記事を読めば点滴灌漑について詳しくなりますよ。ぜひ最後までお読みください。
一言で言うと、灌漑水を「点滴」する技術です。点滴灌漑では、水源から作物までチューブで灌漑水を移送し、文字通り「点滴」のように根本へ滴下して給水します。灌漑水に肥料を加えることで施肥もできます。乾燥地が広がるイスラエルで農業生産性を上げるために考案され、近年日本でも広がりを見せています。
設備の基本構造
点滴灌漑は、まず水源からポンプで水を汲み上げ、地表から1.5mくらいの高さまで持ち上げます。汲み上げた灌漑水に必要に応じて液肥を加え、チューブに流し込んで作物まで届けます。チューブは枝分かれしながら圃場の端まで伸びてゆくため、末端まで灌漑水が届くように適切な水源とポンプを確保することが大切です。
点滴灌漑の基本的な設備構成は以下の通りです。
- 水源:タンク(容量1〜2t)を設置したり、貯水池から直接水を汲んだりします。
- ポンプ:ソーラーパネルや内蔵電池で稼働し、水源の水を一定の高さまで汲み上げます。特にソーラーパネル方式のものは「拍動灌水装置」と呼ばれ、晴れた日により多くの水を汲み上げることができます。
- 液肥タンク:灌漑水に液肥を加え、タンク内で均一にします。
- 圧力計と電磁弁:灌漑水の流量を調節します。
- 灌水チューブ:水源から作物まで水を移送します。等間隔(10cm、30cmなど作物に応じて選べます)に穴が空いており、穴から灌漑水が滴下されます。
導入コストと耐用年数
農林水産省と農研機構の資料によると、点滴灌漑の初期導入コストは10aの圃場で約20万円です。価格の内訳と耐用年数の目安を紹介するので、ご参考にしてください(いずれも10aの圃場での実績です)。
なお実際の導入に際しては、メーカーに問い合わせて最新の見積価格をご確認ください。
- ソーラーパネル:¥67,000(耐用年数10年)
- ポンプ:¥20,000(耐用年数3年)
- 制御装置:¥22,000(耐用年数10年)
- 水位センサー・電磁弁:¥14,000(耐用年数5年)
- 灌水装置架台:¥24,000(耐用年数10年)
- 塩ビ配管:¥6,000(耐用年数5年)
- 貯水タンク:¥10,000(耐用年数5年)
- 灌水チューブ:¥35,000(耐用年数1年)
基幹部(ソーラーパネル、ポンプ、制御装置、水位センサー、電磁弁)で初期導入コストの60%余りを占めており、このコストは圃場の広さが変わってもさほど変動しません。たとえば10aの圃場と50aの圃場では導入コストに大差がなく、いずれも20〜30万円で設置できる製品もあります。
基幹部の性能が十分であれば、灌漑チューブの延長と水源の確保だけで規模拡大ができます。ただし圃場が広いほど、灌水チューブの更新費用が重石となるでしょう。材質にもよりますが、灌漑チューブの価格は100mあたり¥5,000〜¥20,000程度です。
なぜ点滴灌漑が着目されるのか
単に灌水・施肥を自動化するだけならば、大型のスプリンクラーでも良いはずです。送水チューブを張り巡らせるコストを割いてまで点滴灌漑が導入されているということは、点滴灌漑特有のメリットがあるのでしょうか。点滴灌漑によってどのような問題が解決できるのか、個別に見てみましょう。
水と肥料の効率的利用
根元にだけピンポイントで給水するので水の消費量を最小限に減らせます。通常の給水では、作物が吸いきれなかった水が蒸発や流亡で失われてしまいます。スプリンクラーの場合は灌漑水が空気中で飛沫になるため、風で圃場外へ飛ばされたり揮発したりして、さらに多くのロスが発生するでしょう。一方、点滴灌漑ではチューブで送水するため土壌への浸透や蒸発によるロスを防げます。これにより、必要最小限の水を確実に作物まで届けることができます。
肥料の施用効率も高めることができます。圃場全体に散布する方法では、作物の根から離れた場所に肥料分が落ちてしまい、作物に吸収されない場合があります。点滴灌漑であれば根元に直接施用できるため、肥料分のロスを減らせます。
人手不足の軽減
水の汲み上げや流量の制御を自動化できるため、灌水にかかる時間と労力を削減できます。さらに給水と施肥を均一に行えるため、人手で作業することによるバラツキが低減されます。
水質汚染の予防
過剰な施肥をおこなうと、作物が吸収しきれなかった肥料分(特に硝酸態窒素)が河川や地下水に流亡し、水質汚染の原因となります。作物の根元だけに点滴灌漑することで、肥料分が圃場外へ流出するのを予防し環境負荷を和らげます。
塩害の予防
乾燥地で灌漑をすると、作物が吸水する前に水分の蒸発が進み、灌漑水に含まれていた塩類(主にナトリウム)が土に残留します。降雨の多い地域であれば土壌中の塩類は雨で流されてゆくのですが、降雨の少ない地域では塩類が年々蓄積します。このようにして塩類集積が進むと、土壌の浸透圧が高くなり作物が土壌水分を吸収しにくくなってしまいます。これが塩害で、進行すると作付けできなくなる場合もあります。
乾燥地以外でも、ハウス内の土は雨に当たることが少ないので、塩類が流されず集積することがあります。灌漑水に含まれるナトリウムや、肥料由来の硝酸イオン、塩化物イオンなどが集積し濃度障害を引き起こします。
点滴灌漑は水と肥料を最小限の量に抑えられるため、塩類集積の進行スピードを下げ、塩害を予防できます。
数字で見る点滴灌漑のメリット
前述した点滴灌漑のメリットのうち、数値化しやすい水と肥料の利用効率を掘り下げてみましょう。岡山県のナス露地栽培で点滴灌漑を導入し、年間経費と粗利を従来と比較した事例を紹介します。
事例圃場では従来手作業で灌水をおこなっていましたが、以下の規模で点滴灌漑を導入し、同時に窒素・リン酸の減肥をおこないました。
- 品目:ナス(露地栽培)
- 圃場規模:約60a
- 灌水方式:点滴灌漑(拍動灌水装置)
- 初期導入費用:¥230,000
栽培結果を従来の方式と比較したところ、以下の通りでした。
- 10aあたり収量:17%増加
- 窒素施用量:16%減少
- リン酸施用量:25%減少
減肥ができたうえに、従来よりも面積あたりの収量が増加しました。減肥ができたのは、最小限の肥料だけをピンポイントで施用したことで、肥料分の利用効率が上がったためと考えられます。収量が増加したのは、灌水や施肥のムラによる収量低下が起きにくくなったためと考えられます。
販売価格や点滴灌漑以外のコストは従来と同程度としたとき、以上の実績より点滴灌漑の投資回収期間は0.7年と試算されました。導入した年度のうちに、点滴灌漑の初期導入コストを回収できてしまう計算です。
点滴灌漑の歴史
イスラエルの気候と情勢が産んだ点滴灌漑
配管で灌漑水を送るという発想自体は古代からありましたが、近代農業として急速に普及が進んだのは1950年代のイスラエルが発祥です(開発したのはイスラエルのこちらの会社と言われています)。国の半分以上が砂漠のイスラエルでは、水をできるだけ無駄にしたくありません。そこで生まれたのが点滴灌漑です。水や肥料の使用量を本当に必要な量だけに抑え、損失量を少なくすることができます。
イスラエルが点滴灌漑の開発を進めてきた背景には、中東の緊迫した情勢があります。イスラエルは1948年の独立宣言以来、周辺国やパレスチナ自治区との紛争を抱え、中東戦争ではイラク、シリア、エジプトなど複数の大国を相手にしました。このような情勢下では、周辺国を経由する安定的な食糧輸入や援助には期待できません。そこでイスラエルは農作物を自国で生産せざるをえず、最小限の水と肥料を効率的に利用するため点滴灌漑を改良・普及してきました。点滴灌漑のおかげで、イスラエルの食糧自給率は90%を超えています。
イスラエルから広まった点滴灌漑技術は、人手不足の解消、灌水・施肥の均一化による生産の再現性向上、水質汚染の防止などの効果が評価され、アメリカや日本でも普及が進んでいます。
点滴灌漑の現状と今後の展開
AIの導入
水や肥料の損失量を減らせるだけでも、点滴灌漑には利点が十分あります。さらに最近では、AIと点滴灌漑が融合したシステムが開発・販売されています。AIと協力することで、主に次のようなことが可能となります。
- 土壌環境や日射量などの環境情報を取得し、灌水や施肥の量とタイミングを自動制御します。
- PCやスマートフォンと連携させることで遠隔地から圃場の現状を確認できます。
- 過去の給水状況や環境情報を保存し分析をおこないます。その結果をもとに、水と肥料の量や給水タイミングをAIが最適化してくれます。
これらの機能によって、感覚に頼ることなく、農業経験の浅い人でも簡単に作業ができます。水や肥料が最小限の量で済み、過去のデータから分析もできるのでより効率良く作業ができるでしょう。
通常の灌漑では朝と夕に水を一度に与えますが、これは水が無駄になりやすく、作業者の負担も大きいとされています。一方AIを導入すれば、適切なタイミングで適切な量の水だけを給水できます。これにより水の無駄を減らし、給水量に対する収量の比率を高めることができます。
点滴灌漑の課題
節水をはじめ作業の効率を上げる点滴灌漑ですが、次のような課題が残っています。
- 初期導入費用が20万円以上かかる。
- 点滴チューブが詰まることがある。
- 定期的なメンテナンスが必要。
まず、初期導入費用が20万円以上かかります。点滴灌漑システムを設置するには、チューブを圃場に張り巡らせ、全体に送水するのに十分な性能のポンプを導入しなければなりません。これらにかかる費用が、小規模な農家にとっては導入への障壁になっています。ただし導入すれば水道代と人件費を大幅にカットでき、人の手で水やりをする場合の費用を1年で下回るというシミュレーションもあります。
また、送水チューブに異物が入り込むと詰まる可能性があります。メーカーは1週間に1回のメンテナンスを推奨しています。
チューブの詰まり以外にも、水源の故障により長期的に水やりができず、農作物の成長に影響が出る場合もあります。そのため定期的にメンテナンスが必要です。
実際に販売されている点滴灌漑システム
では、実際に販売されている点滴灌漑システムをいくつか紹介します。
東邦レオ株式会社:灌水システム
http://www.r-green.jp/system/kansui_top.html
コントローラーからホースまで専門のスタッフが施工してくれます。 さらに定期的なメンテナンスサービスが充実しています。
サンホープ:ドリップ灌水システム
https://www.sunhope.com/products/drip.html
トマトやイチゴの栽培に向いています。白色のチューブで太陽の光を反射し、水が冷たいまま植物に行き渡ります。
JA全農新潟:全農式点滴灌水システム
https://www.nt.zennoh.or.jp/agriculture/report/files/2903einou-3.pdf
ネギ栽培への導入例があります。実際に生育は良好な結果となりました。 ネギ以外の様々な作物にも応用できるよう、全国各地でが試験が進められています。
株式会社ノーユー社:ノーユー自動点滴灌水施肥システム
http://www.know-you.com/farm/01.html
継ぎ目のないチューブに精密なドリッパーが搭載されています。 乱流によるセルフクリーニング機構があり、チューブの詰まりを防止します。
ルートレック・ネットワークス:ゼロアグリ
AIと点滴灌漑が融合しているシステムです。灌水や施肥を自動で調節・供給し、栽培状況をPCやスマホで確認できます。
参考サイト
- 水不足が生んだ新しい節水農業https://www.projectdesign.jp/201408/water/001513.php
- 電気も機械も使わない簡易で超高精度な点滴灌漑システムを開発 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000024.000020061.html
- 砂漠から生まれたイスラエルの農業ベンチャー https://diamond.jp/articles/-/93582
- スポイトと点滴灌漑システムの自己設置の種類と規則https://ja.psichapter.net/1556-types-and-rules-of-self-installation-of-droppers-and.html