農業の労務管理入門|労働時間ルールの適用除外と記録のはじめ方

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従業員やパート・アルバイト、技能実習生を雇い始めた農業経営者がまず直面するのが「労務管理」です。給与計算、労働時間の把握、休日の設定など、家族経営のときには意識しなくてよかった仕事が一気に増えます。

しかも農業には「労働基準法の労働時間規制が適用されない」という特殊なルールがあり、ネット上の一般的な労務管理情報がそのまま当てはまりません。何が適用除外で、何が適用されるのかを正確に理解しないと、思わぬトラブルの原因になります。

この記事では、公的情報にもとづいて農業の労働時間ルールの基本を整理し、そのうえで「それでも労働時間を記録すべき理由」と「農場に合った記録方法の選び方」を解説します。

雇用型農業の拡大で、労務管理は経営スキルになった

日本の農業は「家族で営む農業」から「人を雇って営む農業」へと構造が変わりつつあります。農林水産省の2025年農林業センサス(概数値)によると、農業経営体の総数は82.8万経営体と5年前から23.0%減少した一方、法人経営体は3.3万経営体で5年前より7.9%増加し、会社法人に限れば14.4%の増加です。1経営体あたりの経営耕地面積も3.7ヘクタールへと拡大し、経営耕地20ヘクタール以上の経営体が面積シェアの5割を初めて超えました。

また、個人経営体の基幹的農業従事者は令和2年の136.3万人から令和7年には103.6万人へと減少しています。担い手が減るなかで残った経営体が規模を拡大し、その労働力を雇用でまかなう——この流れは今後さらに加速します。つまり規模拡大を目指す農業経営者にとって、労務管理は栽培技術と同じくらい重要な経営スキルになっているのです。

農業の労働時間ルールの基本 — 労働基準法41条の適用除外を正しく理解する

農業の労務管理でもっとも重要な前提が、労働基準法第41条による「労働時間等に関する規定の適用除外」です。労働基準法41条は、別表第一第6号(林業を除く農業)・第7号(畜産・養蚕・水産)の事業に従事する労働者について、労働時間・休憩・休日に関する規定を適用しないと定めています。

具体的には、1日8時間・週40時間の法定労働時間、休憩時間の付与義務、週1日の法定休日、時間外・休日労働の36協定や割増賃金(残業代)の規定が適用されません。天候に左右され、農繁期と農閑期の差が大きいという農業の性質を考慮したルールです。

ただし、ここで誤解してはいけないのは、適用除外はあくまで「労働時間・休憩・休日」に関する規定に限られるという点です。厚生労働省(長野労働局)の労働条件ハンドブックでも明記されているとおり、次のような規定は農業で人を雇う場合にも適用されます。

  • 年次有給休暇(雇入れから6か月継続勤務・所定労働日の8割以上出勤で付与。パート・アルバイトにも比例付与あり)
  • 深夜労働(午後10時〜午前5時)に対する割増賃金(25%以上)
  • 最低賃金(最低賃金法)や賃金支払いの原則
  • 労働条件の明示、労働者名簿・賃金台帳の作成、(常時10人以上なら)就業規則の作成・届出
  • 年少者の最低年齢や危険有害業務の就業制限

さらに外国人技能実習生については、農林水産省の通達により、労働時間・休憩・休日についても労働基準法の規定に準拠した管理が求められています。技能実習生を受け入れている農場では、他産業と同様の労働時間管理が実務上必須と考えてください。

また農林水産省は農業の「働き方改革」検討会を設け、経営者向けガイドや品目別の取組事例を公表しているほか、給与・休日制度など就労条件の改善に取り組む農業経営体への支援事業も実施しています。「法律上は適用除外でも、選ばれる職場になるには他産業並みの労働環境を整える」というのが国の示す方向性です。

適用除外でも労働時間の記録が必要な4つの理由

「農業は労働時間の規制がないなら、記録もいらないのでは」と考えるのは早計です。法律への対応という面でも経営という面でも、労働時間の記録には明確なメリットがあります。

給与計算と労使トラブル防止の根拠になる

時給制のパート・アルバイトを雇うなら、働いた時間の記録がなければそもそも給与計算ができません。深夜割増や有給休暇の管理にも出勤実績の記録が前提になります。「言った・言わない」の水掛け論を防ぎ、従業員に給与の根拠を説明できることは、雇用主としての最低限の信頼の土台です。

農業経営で最大級のコストである人件費を把握できる

雇用型の農業経営では、人件費は経営費のなかでも最大級の項目になります。労働時間の記録がなければ、人件費が売上に対して適正なのかどうかの判断すらできません。農業の収益構造については農業所得の実態を解説した記事でも詳しく紹介していますが、利益の薄い農業経営だからこそ、コストの中身を数字で押さえることが重要です。

作業別・品目別の収益性分析ができる

「誰が・どの作業に・何時間かけたか」まで記録すると、労働時間は単なる勤怠データから経営データに変わります。収穫に何時間、防除に何時間、選別・調製に何時間かかっているかがわかれば、品目別・作業別の実質的な採算が見えてきます。

従業員の定着と信頼関係につながる

労働時間がきちんと記録され、給与が正確に支払われる職場は、それだけで働き手からの信頼を得られます。農業の人手不足が続くなか、「記録管理がずさんな農場」から人が離れていくのは自然なことです。記録は従業員を管理するためではなく、安心して働いてもらうための仕組みと捉えましょう。

労働時間・作業時間の記録方法を比較する

記録の必要性がわかったら、次は方法選びです。代表的な3つの方法を農場の実情に照らして比較します。

紙のタイムカード・出面帳は、導入コストがほぼゼロで誰でも使えるのが利点です。一方で、事務所に打刻機や帳面を置く前提のため、圃場が分散している農場では打刻のために事務所へ寄る手間が生まれます。また月末の集計を手作業で行う負担が大きく、作業別の分析には向きません。

Excel・スプレッドシートは、集計を自動化でき、費用もかかりません。ただし入力そのものは手作業で、日々の転記が続かずに挫折しやすいのが実情です。入力ミスや数式の破損など、管理者への依存度も高くなります。

勤怠管理アプリ・作業時間記録アプリは、打刻から集計・レポートまで自動化でき、作業別の記録に対応するものなら収益性分析にもつなげられます。ただし農場には、オフィスとは違う事情があります。圃場が分散していて「決まった場所で打刻」がなじまないこと、屋外・手袋作業で細かいスマホ操作がしにくいこと、そしてパートや技能実習生を含む全員が業務に使えるスマホを持っているとは限らないことです。個人のスマホにアプリを入れてもらう方式が難しい農場では、事務所や集荷場のタブレット1台を共用タイムカードにできるタイプ(たとえば無料の作業時間記録アプリ「ミノリスタイマー」など)を選ぶと、この問題を回避できます。

選ぶ基準はシンプルで、「毎日続けられるか」「集計が自動か」「作業別に記録できるか」の3点です。高機能さよりも、農繁期の忙しさのなかでも回り続ける仕組みかどうかを優先してください。

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労務管理を「守り」から「攻め」の経営改善につなげる

労働時間の記録は、給与計算のためだけに使うのではもったいない資産です。作業別の労働時間に時給を掛ければ、作業ごとのコストが見える化できます。そこまでできれば、「かけた時間に見合う利益を生んでいない作業はどれか」という問いに、勘ではなくデータで答えられるようになります。

実際に、青森県のりんご園「もりやま園」は、独自に作業時間を記録・分析することで労働生産性の低い作業を特定し、思い切って廃止することで経営を改善しました。この事例は圃場管理システムの解説記事で詳しく紹介しています。摘果や剪定といった「当たり前にやってきた作業」でも、数字で見れば見直しの余地があるという好例です。

作業時間の記録を圃場や品目のデータと結びつけて管理したい場合は、営農管理ソフトの導入も選択肢になります。主要なサービスは営農管理ソフト比較の記事で整理しているので、あわせて参考にしてください。まずは作業時間の記録から始めて、慣れてきたら圃場・作業データとの統合に進む、という段階的な導入が現実的です。

まとめ

農業の労務管理のポイントを整理します。

  • 法人化・雇用型経営への構造転換が進み、労務管理は農業経営者の必須スキルになっている
  • 労働基準法41条により、農業は労働時間・休憩・休日の規定が適用除外
  • ただし年次有給休暇・深夜割増賃金・最低賃金などは適用され、技能実習生には労働時間管理も実務上必須
  • 適用除外でも、給与計算・人件費把握・収益性分析・従業員の信頼のために労働時間の記録は不可欠
  • 記録方法は「毎日続くか・集計が自動か・作業別に取れるか」で選び、共用タブレット方式ならスマホを持たない従業員にも対応できる
  • 作業別コストの見える化まで進めば、労務管理は経営改善の武器になる

人を雇う農業には、家族経営とは違う責任と、そのぶん大きな成長の可能性があります。まずは労働時間を記録するところから、農場の労務管理を始めてみてください。

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