収穫期になっても人手が集まらない――。果実栽培の現場で年々深刻になるこの課題に対し、英国発のスタートアップ Fieldwork Robotics(フィールドワーク・ロボティクス) が、ラズベリー専用の自律収穫ロボットで実用化フェーズへと踏み出しました。2026年4月、同社は約300万ポンド(約6億円)の資金を調達し、技術検証から「収穫サービス」の商用トライアルへと移行します。本記事では、傷つきやすいラズベリーをロボットでどう摘み取るのか、その技術と事業モデル、そして日本の果樹・施設園芸への示唆を整理します。

会社基本情報
Fieldwork Robotics は、英国プリマス大学(University of Plymouth)発のスピンアウト企業です。基本情報は以下の通りです。
- 社名:Fieldwork Robotics Ltd.
- 設立:2016年
- 本社:英国ケンブリッジ(Cambridge Innovation Park)
- 創業者:マーティン・ストーレン(Dr Martin Stoelen)博士。プリマス大学でロボティクスを講じ、ソフトロボティクス研究室を率いる研究者。現在は創業者兼最高科学責任者(CSO)
- CEO:デイビッド・フルトン(David Fulton)
- 事業内容:ソフトフルーツ(傷つきやすい果実)向けの自律収穫ロボットの開発・提供
同社はストーレン博士の「ソフトロボティクス」研究を商用化するために設立されました。ソフトロボティクスとは、金属の硬いアームではなく、柔軟な素材や機構で対象物にやさしく触れる技術領域を指します。デリケートな果実を傷つけずに掴むという、収穫ロボットの最大の難所に正面から取り組んできた点が特徴です。
事業概要
Fieldwork Robotics が最初のターゲットに選んだのは ラズベリー です。ラズベリーは果肉が非常に柔らかく、いちごやブルーベリーよりも傷みやすいうえ、複雑に茂った枝の中に実が点在するため、果実の中でも「最も収穫が難しい」部類に入ります。同社はあえてこの難題から着手することで、技術の汎用性を高める戦略をとってきました。
同社の技術は、ソフトウェアのアルゴリズムとツール(エンドエフェクタ)を入れ替えることで、対象作物を切り替えられる設計になっています。実際にラズベリーに加え、カリフラワーやトマトの収穫にも研究レベルで取り組んでおり、将来的には複数の果菜・露地野菜への横展開を視野に入れています。
2019年に初期の圃場実証を完了し、すでに同社のロボットが収穫したラズベリーがスーパーマーケットの店頭に並んだ実績もあります。2026年からは、いよいよ複数のロボットを実農場に投入する「商用トライアル」段階へと進みます。
プロダクト構成
Fieldworker 1(自律ラズベリー収穫ロボット)
同社の主力機が「Fieldworker 1」です。公表されている仕様は以下の通りです。
- 本体高さ:約2メートル
- アーム構成:垂直リニア軸に沿って配置された 4本のモジュール式ピッキングアーム。各アームはSCARA型(水平多関節)で、摘み取り位置に合わせて上下に動く
- 把持機構(グリッパー):果実を傷つけずに掴むために設計された、柔らかく高感度なソフトグリッパー
- 目標収穫速度:1台あたり毎時2kgのラズベリー収穫を目指す。長期目標として1台で1日あたり25,000個超のラズベリー収穫を掲げる
- 稼働時間:バッテリーが続く限り稼働可能(人手と異なり休憩を要しない)
AI・マシンビジョンと熟度判定
Fieldworker 1 の中核は、AIを活用した3Dカメラと複数のセンサー、機械学習アルゴリズムです。これらで作物の畝の間を自律走行し、葉や枝に隠れた果実を見つけ出します。
特筆すべきは、果実の熟度を スペクトル周波数分析(spectral frequency analysis) で判定する点です。これは光の波長を解析して熟度を高精度に見極める手法で、人による判断のばらつきや個人差を排除することを狙っています。誰が収穫しても一定の品質に揃う、という量産・品質管理上の利点があります。
フリート運用
同社のロボットは、現場で 1人のオペレーターが複数台を管理する「フリート(群)運用」 を前提に設計されています。熟練の人手収穫に匹敵する速度と品質を、より少ない人員で実現することが目標です。
課題をどう解決するのか
この記事の核心は、Fieldwork Robotics が「なぜ従来手法より上手くいくのか」という点です。
ソフトフルーツの収穫は、これまで機械化が最も難しい工程の一つでした。理由は3つあります。第一に、ラズベリーやいちごは柔らかく、わずかな圧力でも潰れて商品価値を失うこと。第二に、果実が葉や枝に隠れて点在し、画一的な動きでは摘み取れないこと。第三に、熟した実だけを選別する「目利き」が必要なことです。これらが、収穫を季節労働者の手作業に依存させてきた根本原因でした。
Fieldwork Robotics のアプローチが優れているのは、この3つの難所をそれぞれ別の技術で解いている点にあります。
- 潰さない:硬い産業用ロボットアームではなく、ソフトロボティクス由来の柔軟なグリッパーを採用。果実への接触圧を抑え、傷を防ぐ
- 見つける:AI搭載の3Dカメラと機械学習で、茂みに隠れた果実の位置を立体的に把握する
- 選ぶ:スペクトル周波数分析で熟度を客観的に判定し、人の主観に頼らず適期の実だけを摘む
従来の収穫ロボットの多くは、トマトのように比較的硬く、整然と並ぶ作物を得意としてきました。Fieldwork はあえて最難関のラズベリーから攻めることで、より汎用性の高い技術基盤を築こうとしている点が、同業他社と一線を画します。
背景にあるのは、英国に限らず先進国共通の 収穫労働力の確保難 です。季節労働者の不足と人件費高騰により、収穫しきれずに畑で腐る果実が問題化しています。ロボットによる「収穫の自動化」は、農業の根本課題に対する直接的な解決策となります。日本でも同様に、企業の農業参入の課題として人材確保が大きな壁となっており、収穫工程の自動化は共通のテーマです。
導入実績
2026年からの商用トライアルは、具体的な農場・パートナーとともに進められます。
- ノーフォーク州(Norfolk):食品企業 Place UK と組み、2年間の「収穫サービス(harvesting-as-a-service)」プログラムを実施
- スタッフォードシャー州(Staffordshire):Littywood Farm でのトライアル
- 開始時期:2026年6月から活動を開始
これらは、英国の研究開発支援機関 Innovate UK の「Farm ADOPT」助成プログラムの一環として、Place UK や Littywood Farm との協業で実施されます。すでに同社のロボットが収穫したラズベリーがスーパーの店頭に並んだ実績があり、研究段階を越えた商用適用が現実になりつつあります。
ビジネスモデル
Fieldwork Robotics のビジネスモデルで注目すべきは、ロボットを「売る」のではなく「収穫サービスとして提供する」点です。
同社が掲げる「harvesting-as-a-service(サービスとしての収穫)」は、農家がロボット本体を高額で購入する必要がなく、収穫した量や期間に応じてサービス料を支払う形態と見られます。これにより、農家は初期投資の負担を抑えつつ、繁忙期の労働力を確保できます。同社はロボット運用において「予測可能な果実1個あたりのコスト(per-berry cost)」を提示できることを強みとしており、人件費が読みにくい季節労働と比べ、収穫コストを事前に計算できる点が経営上のメリットになります。
2026年の資金調達の内訳は以下の通りです(総額約300万ポンド)。
- 株式投資:気候テック特化のベンチャーキャピタル Elbow Beach Capital が主導する約220万ポンドのラウンド。うち Elbow Beach Capital の追加出資(フォローオン)が145万ポンド。同社は2023年にも150万ポンドのシード投資を実施済み
- 助成金:気候関連グラント160万ポンドに加え、Innovate UK の Farm ADOPT 助成を獲得
競合との比較
ソフトフルーツ収穫ロボットの分野には、いくつかの有力プレイヤーが存在します。Fieldwork Robotics の位置づけを整理します。
- Dogtooth(英国):いちご収穫ロボット。茎ごとカットして摘み取り、収穫後にサイズと品質を選別してパック詰めまで行う。露地の従来品種にも対応
- Octinion(ベルギー):いちごを90度ひねって摘み取る方式。クッション付きのグリッパーで掴む。1個あたり約4秒で摘み取り、品種により熟果の70〜100%を収穫。高設栽培向け
- Agrobot / Harvest CROO:複数の畝をまたぐトラクター型の大型システム。Harvest CROO Robotics は16本のロボットアームでいちご収穫を自動化している
多くの競合が いちご を主戦場とするなか、Fieldwork Robotics はより収穫が難しい ラズベリー に特化している点が独自性です。最難関の作物で確立した「潰さず・見つけ・選ぶ」技術は、他作物への展開余地が大きいと考えられます。トマト収穫ロボットの分野では FourGrowers のAI搭載トマト収穫ロボットや、大阪公立大学が収穫成功率81%を達成したトマト収穫ロボットなども登場しており、作物ごとに専用機が競い合う構図になっています。除草・農業ロボット全体の市場動向については 農業ロボット20年の転換点を解説した記事も参考になります。
今後の計画
Fieldwork Robotics は今回の資金で、技術検証から本格的な商用展開へと舵を切ります。
- 2026年6月:ノーフォーク州・スタッフォードシャー州で商用トライアル開始
- 2027年:トライアルが成功すれば、複数台のロボットフリートが実農場で稼働開始
- 国際展開:英国に続き、ポルトガルとオーストラリアでのトライアルを計画
- 作物拡大:ラズベリーで確立した技術を、カリフラワーやトマトなど他作物へ応用
CEO のデイビッド・フルトン氏は「Fieldwork は技術検証から本格的な商用導入へと移る、スケールアップのフェーズに入った」とコメントしています。投資を主導した Elbow Beach Capital の CEO ジョン・ポロック氏も「今回のラウンドは、チームと革新的な技術への我々の信頼を反映したものだ」と述べています。
コメント
Fieldwork Robotics のモデルが強いと感じるのは、「最難関の作物から攻める」という技術戦略と、「ロボットを売らない」という事業戦略の両輪にあります。
技術面では、傷つきやすいラズベリーで「潰さない・見つける・選ぶ」を実現できれば、いちごやトマトなど他の果実への横展開は相対的に容易になります。難しい問題から解いておくことで、後発の作物展開でのリードを確保しやすい設計です。
事業面では、「収穫サービス(harvesting-as-a-service)」と「予測可能な果実1個あたりのコスト」という打ち出しが、農家の意思決定を後押しします。高額なロボットを買い切るのではなく、繁忙期だけ収穫力を借りられるなら、導入のハードルは大きく下がります。日本でも、果樹・施設園芸では収穫が労働集約の最たる工程であり、企業の農業参入においても人手確保は最大の障壁の一つです。露地・施設を問わず傷みやすい果実を扱う日本の産地にとって、Fieldwork のソフトロボティクス技術とサービス型モデルは、将来の選択肢として注目に値します。日本の果樹は棚仕立てや棚田など独自の栽培様式が多く、そのまま導入できるわけではありませんが、「収穫の自動化をサービスとして買う」という発想自体は、人手不足に直面する国内農業にも十分に応用可能でしょう。
参考URL
- Fieldwork Enters Scale-Up Phase with £3 million Funding(Fieldwork Robotics 公式)
- Fieldwork Robotics 公式サイト
- Fieldwork Robotics unveils new Fieldworker 1 robot for efficient berry picking(The Robot Report)
- Fieldwork Robotics(Frontier IP Group plc)
- Spinout completes initial field trials of raspberry harvesting robot system(University of Plymouth)