SMEY:AI×酵母ネオバンクで森林破壊フリーの培養油脂を30日で開発するテックバイオ企業

SMEYの会社基本情報

SMEYは、精密発酵とAIを組み合わせて持続可能な油脂を開発するフランス・ドイツ拠点のテックバイオ企業です。法人名はSMEY LABS GmbHで、本社をパリに、研究開発拠点をミュンヘンに構えています。

  • 創業者・CEO:Viktor Sartakov-Korzhov(ヴィクトール・サルタコフ=コルジョフ)
  • CSO(最高科学責任者):Pavel Elizarev
  • 本社:フランス・パリ
  • R&Dセンター:ドイツ・ミュンヘン
  • チーム規模:30名以上(微生物発酵、脂質化学、バイオインフォマティクス、計算生物学の専門家)
  • 公式サイト:https://www.smey.cc/

事業概要:酵母から油脂を「培養」する

SMEYの事業の核心は、酵母の精密発酵によって動植物に依存しない油脂を生産することにあります。パーム油やカカオバター、シアバターといった熱帯由来の油脂は、森林破壊や児童労働、気候変動に伴う供給不安定といった構造的な問題を抱えています。SMEYはこれらを酵母由来の「培養油脂」で代替することを目指しています。

同社の技術基盤となるのがNOY(Neobank of Yeasts)と呼ばれる独自のプラットフォームです。これは世界初のデジタル酵母脂肪酸プロファイルデータバンクで、1,000種以上の非遺伝子組み換え酵母株のゲノム情報と脂肪酸組成を収録しています。SMEYはこのデータベースとAI(機械学習)を組み合わせることで、目的の油脂に最適な酵母株を迅速に特定します。

現在の主力製品は以下のとおりです。

  • Noyl Silk(ノイル シルク):高オレイン酸の化粧品用オイル。スキンケア、日焼け止め、メイクアップ向け
  • Noyl Cocoa(ノイル ココア):ステアリン酸35%の培養カカオバター。食品・化粧品の両方に対応
  • Noyl Omega-7:プレミアムスキンケア・ヘアケア向けの発酵オイル
  • cHPO(Cultivated High Palmitic Oil):パーム油の90%同等組成を持つ培養油。開発中

課題と解決策:なぜ遺伝子工学ではなく「酵母マッチング」なのか

精密発酵で油脂を作る企業は他にも存在しますが、SMEYのアプローチには決定的な違いがあります。多くの競合企業は遺伝子工学で微生物を改変し、特定の油脂を生産させます。この方法では1つの油脂プロファイルを作るのに最大2年の開発期間がかかります。

一方、SMEYは自然界にすでに存在する油脂産生酵母を探索・選別する「精密マッチング」のアプローチを取ります。NOYのデータベースには既知の酵母多様性の約40%(約300種の油脂産生種を含む)がカバーされており、一部の酵母株は乾燥重量の最大80%を油脂として蓄積します。AIがゲノム・代謝・発酵データをマッピングすることで、従来2年かかった開発を30日に短縮できます。

この非GMOアプローチは規制面でも有利です。遺伝子組み換え微生物はEUをはじめ多くの国で厳格な規制対象ですが、自然酵母株を用いるSMEYの手法は規制ハードルが低く、市場投入までの時間を大幅に短縮できます。

ビジネスモデル:B2Bカスタム油脂プラットフォーム

SMEYのビジネスモデルは、食品・化粧品・産業用途のメーカーに対するB2Bのカスタム油脂供給です。具体的なプロセスは以下のようになっています。

  • クライアントが目標とする油脂プロファイルを選定
  • NOYとAIで最適な酵母株を特定
  • ラボスケール発酵(100gサンプル)で検証
  • CMO(受託製造)でパイロット生産
  • 工業スケールへの拡大

生産能力は化粧品向けで年間1,000メトリックトン、製菓向けで年間10,000メトリックトンを目標としています。培養油脂の収量は75 g/Lを達成しており、工業化への道筋が見えています。

さらに、NOYデータベース自体を他の発酵系企業にライセンス提供する計画もあり、プラットフォームビジネスとしての拡張性も持っています。

資金面では、現時点では株主からの出資で運営されており、外部からの資金調達は行っていません。

今後の計画

SMEYは複数の方向で事業拡大を計画しています。

  • FDA認可:培養カカオバターのGRAS(Generally Recognized As Safe)認定を目指しており、2026年中の取得を見込む
  • 新製品:食品向けにカスタマイズ可能な10種以上の油脂を開発予定
  • Smey.Ovo:卵白タンパク質(オボアルブミン)の培養生産にも参入予定。2027年中頃の市場投入を目指す
  • マイクロファクトリー:将来的には分散型の小規模生産拠点を各地に展開し、ローカル生産を実現する構想
  • NOYライセンス:酵母データベースを他企業に開放し、プラットフォーム収益を拡大

EUでは2024年に施行されたEU森林破壊規制(EUDR)により、パーム油やカカオなど森林破壊リスクのある原料の使用に厳格なデューデリジェンスが求められるようになりました。違反した場合、グローバル売上高の最大4%が罰金として課されます。この規制環境はSMEYにとって強力な追い風となっています。

コメント:「代替油脂」市場でのSMEYの立ち位置

精密発酵による代替油脂の分野では、細胞農業でカカオを培養生産するKokomodoや、Mondelezが出資するCelleste Bioなど、複数のスタートアップが競合しています。しかしSMEYの差別化ポイントは明確です。

第一に、単一の油脂ではなくプラットフォームである点です。多くの競合が「カカオバター代替」や「パーム油代替」など単一製品に特化しているのに対し、SMEYは1,000種以上の酵母ライブラリを活用して任意の油脂プロファイルを設計できます。

第二に、非GMOアプローチにより規制リスクを最小化している点です。遺伝子工学ベースの競合と比較して、市場投入のスピードで優位に立てます。

第三に、SMEYが生産する油脂は従来の油脂と比較してCO2排出量を最大90%削減でき、農地も水もほとんど使いません。EU森林破壊規制の強化と消費者のサステナビリティ意識の高まりを考えると、この環境性能は大きな競争優位です。

一方、課題もあります。精密発酵の生産コストは依然として高く、大規模な商業化にはまだ時間がかかる可能性があります。また、外部資金調達を行っていないことは財務的な自立を示す一方で、急速なスケールアップには制約となりえます。

とはいえ、AI×酵母ライブラリという独自のプラットフォームモデルは、油脂以外のタンパク質や酵素への横展開も可能であり、今後のバイオエコノミー時代における有力なプレイヤーとして注目に値します。

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