世界のジャガイモ市場は年間約3.9億トン、4,000億米ドル規模に達します。その生産を根底から支えるのが「種イモ」の品質です。ブラジルのCBA sementesは、エアロポニック(空中栽培)技術とAI・機械学習を組み合わせ、病原体フリーの高品質な種イモを従来の50倍の効率で生産する技術を開発しました。
会社基本情報
- 会社名:CBA sementes
- 所在地:ブラジル サンパウロ州 ディヴィノランジア(Divinolândia)
- 代表者:Lucas Pladevall Moreira(CEO)
- 設立:2016年1月
- 創業メンバー:Lucas Moreira、兄弟、父親の家族3名
事業概要
CBA sementesは、エアロポニック技術を用いた種イモ(seed potato)の生産・供給を主軸とする農業テック企業です。同社はサンパウロ州農業技術庁(APTA)およびカンピーナス農学研究所(IAC)が開発したエアロポニック技術を、ブラジルの熱帯環境に初めて商業応用した企業として知られています。
サンパウロ州ディヴィノランジアに500平方メートルのパイロット施設を保有し、年間120万個の種イモを生産する能力を有していました。
種イモとは何か、なぜ重要なのか
ジャガイモは種子ではなく「種イモ」と呼ばれる清潔な塊茎を植え付けて栽培する栄養繁殖作物です。種イモが病原体に感染していると、そこから育つ株にもウイルスや細菌が移行し、収量低下や枯死を引き起こします。そのため、病害フリーの種イモの安定供給がジャガイモ農業の生産性を左右する最重要因子といえます。
種イモ生産では「世代」の概念が重要です。最初にウイルスフリーの組織培養苗から生産されるミニチューバー(小さな種イモ)をG0(ゼロ世代)と呼び、G0を圃場で増殖してG1、G2と世代を重ねます。世代が進むほどウイルス感染リスクが高まるため、G0ミニチューバーを効率的に大量生産することが種イモサプライチェーンの基盤となります。
プロダクト構成
CBA sementesは以下の2つの事業を展開していました。
- G0種イモの直接販売:エアロポニック施設で生産した病害フリーのG0ミニチューバーを、PepsiCoなどの大手食品企業に供給
- エアロポニック技術のライセンス供与:第三者農家がCBA sementesのエアロポニックシステムを導入できるフランチャイズ型モデル。導入費(初期費用)+生産された種イモ1個あたり10%のロイヤリティで運営
どういう課題をどう解決しているか
従来の種イモ生産の課題
従来の種イモ生産(土壌栽培方式)には以下の構造的な問題があります。
- 低い増殖率:土壌栽培では1株あたり5〜10個程度のミニチューバーしか得られません
- 土壌病害のリスク:そうか病(放線菌)、疫病(Phytophthora infestans)、線虫などの土壌伝染性病害を完全に排除することが困難です
- サイズの不均一:土壌中で育つためチューバーのサイズがばらつき、規格外品が多く発生します
- 農薬の大量使用:土壌病害を抑制するために殺菌剤や殺虫剤を大量に投入する必要があります
ブラジルでは2016年時点で年間7,800トン、約910万米ドル相当のミニチューバーを輸入しており、国内の種イモ自給率向上が課題でした。
なぜエアロポニックが種イモ生産を変えたか
エアロポニックとは、植物の根を空中に露出させ、水分と養分をミスト状に噴霧して栽培する技術です。国際ポテトセンター(CIP)が1980年代にペルーで開発し、現在では10カ国以上に技術移転されています。CBA sementesはこの技術をブラジルの熱帯気候に適応させました。
エアロポニックが種イモ生産にもたらす変革は以下のとおりです。
- 増殖率の飛躍的向上:1株あたり50個以上のミニチューバーを生産可能(従来の土壌栽培では最大7個程度)。学術研究では1株あたり60〜80個の報告もあります
- 病害の完全排除:土壌を使わないため、土壌伝染性の病原体・線虫のリスクがゼロ。感染率ほぼ0%のG0ミニチューバーを生産できます
- 水の使用量98%削減:閉鎖循環型のミスト供給のため、露地栽培と比較して水の消費を98%削減します
- 肥料使用量60〜80%削減:養分を直接根に届けるため、肥料のロスが大幅に減少します
- 農薬使用量最大100%削減:清浄な閉鎖環境で栽培するため、殺虫剤がほぼ不要になります
- 生育状況の可視化:根や塊茎が露出しているため、土壌中では不可能だった生育モニタリングが可能です
CBA sementesはさらに、センサーによる環境モニタリング、AI・機械学習による灌水と施肥の自動最適化を組み合わせ、栽培面積あたり18倍の密度での生産を実現しました。
導入実績
CBA sementesのパイロット施設はサンパウロ州ディヴィノランジアに設置され、年間120万個の種イモ生産能力を実証しました。同社の技術は、ブラジル国内ではバイーア州ムクジェおよびミナスジェライス州タピラの2拠点でも採用されています。
国際的には、ジンバブエ共和国の土地・農業・水・農村再定住省から招聘を受け、南部アフリカでの技術展開を検討した実績があります。
ビジネスモデル
CBA sementesのビジネスモデルは2軸で構成されていました。
- 種イモ販売:PepsiCoなどの食品メーカーへG0種イモを直接販売
- 技術ライセンス:フランチャイズ型の協同組合方式で、第三者農家にエアロポニックシステムのハードウェアと運営ノウハウを提供。導入費+種イモ生産量の10%をロイヤリティとして徴収
2020年には国際食糧安全保障コンペティション「Thought for Food Challenge」でKirchner Impact賞とTeam Spirit賞の2賞を受賞し、5,200チーム・175カ国から選出されました。
競合との比較
エアロポニックによる種イモ生産は、国際ポテトセンター(CIP)の技術移転を通じてルワンダ、ケニア、エチオピアなど複数国で実施されています。CIPの報告では、エアロポニック導入により種イモ生産量が5倍に増加したとされています。
CBA sementesの差別化要素は以下の点です。
- 熱帯環境への適応:CIPの技術を高温多湿のブラジル環境向けに改良
- AI・機械学習の統合:センサーデータに基づく灌水・施肥の自動最適化
- ライセンスモデル:小規模農家でも導入可能なフランチャイズ方式
英国のLettUs Growもエアロポニクス技術を活用する企業ですが、同社は葉物野菜の垂直農業に特化しており、種イモ生産に焦点を当てたCBA sementesとは対象作物が異なります。
今後の計画
CBA sementesは2022年頃に大きな転換期を迎えました。創業者のLucas Pladevall Moreiraは、技術だけでは農業課題を解決できず、人々への知識移転こそが本質的な変革をもたらすと考え、Instituto Minervaを設立しました。CBA sementesで培ったエアロポニック技術の知的財産はオープンテクノロジーとして公開され、より広い範囲での活用が可能になっています。
エアロポニックによる種イモ生産技術自体は、CIPを中心に世界各地で普及が進んでおり、ブラジル国内でもAPTA・IACの研究成果をもとに技術の商業化が続いています。
コメント
日本ではジャガイモの種イモ生産は北海道を中心に行われており、種苗管理センターが原原種の供給を担っています。エアロポニック技術は植物工場の一形態として注目されていますが、種イモへの応用は国内ではまだ一般的ではありません。
CBA sementesの事例は、エアロポニック技術が葉物野菜だけでなく塊茎作物にも有効であることを示しており、植物工場の成功事例の新たな方向性を示唆しています。
参考URL
- Thought for Food – Meet CBA Sementes: Seed Potato-Growing Aeroponic Systems
- Revista Pesquisa FAPESP – Potatoes in bunches
- International Potato Center (CIP) – Aeroponics: Soil-less technology increases seed production fivefold
- Potato Research (Springer) – Comparison of Aeroponics and Conventional Potato Mini Tuber Production Systems at Different Plant Densities
- Thought for Food – CBA Sementes: 2020 TFF Finalist