John Deere(ジョンディア)とは?自律走行トラクターとAIで農業を変える巨人の現在地

John Deere(ジョンディア)ブランドで知られる米Deere & Company(ディア・アンド・カンパニー)は、創業1837年、世界最大の農業機械メーカーです。しかし現在の同社を「トラクターの会社」とだけ捉えると本質を見誤ります。カメラとAIで雑草だけに除草剤を撒くSee & Spray、無人で耕うんする自律走行トラクター、数十万の農場をつなぐクラウド基盤Operations Centerを擁し、農機の巨人からスマート農業のプラットフォーム企業へと変貌を遂げつつあります。本記事では、テック企業としてのJohn Deereを正面から紹介します。

会社基本情報

Deere & Companyは米イリノイ州モリーンに本社を置き、ニューヨーク証券取引所に上場(ティッカー: DE)しています。1837年、鍛冶職人だったジョン・ディア氏が、粘土質の土がこびりつかない磨き上げた鋼製プラウ(すき)を開発したのが始まりで、約190年の歴史を持ちます。CEOは2019年11月に就任したジョン・C・メイ(John C. May)氏で、2020年からは会長を兼務しています。米証券取引委員会(SEC)に提出された年次報告書(Form 10-K)によると、2025年度末時点の従業員数は約73,100人です。

2025年11月2日を期末とする2025年度通期の売上収益は456億8,400万ドル(1ドル150円換算で約6.9兆円)で前年比12%減、純利益は50億2,700万ドル(同約7,500億円)でした。北米農機市場の調整局面を受けて減収減益となりましたが、それでも農業機械業界では突出した事業規模です。なお2026年度の純利益は40億〜47億5,000万ドルと予想されています。

事業概要

同社の事業は次の4つのセグメントで構成されています。

  • Production & Precision Ag(生産・精密農業): 大規模穀物経営向けの大型トラクター、コンバイン、スプレーヤーと精密農業技術。同社の中核セグメントです。
  • Small Ag & Turf(小型農機・ターフ): 中小型トラクター、酪農・畜産や高付加価値作物向け機械、芝管理機器など。
  • Construction & Forestry(建設・林業): 建設機械、道路建設機械、林業機械。
  • Financial Services(金融サービス): 農機・建機の購入やリースに対するファイナンス。

農業関連の2セグメントが売上の過半を占め、世界の広大なディーラー網を通じて販売・サービスを提供しています。近年はこの機械事業の上に、ソフトウェアとデータサービスの層を重ねる戦略を鮮明にしています。2017年にAIスタートアップのBlue River Technology(ブルーリバー・テクノロジー)を3億500万ドルで、2021年には自律走行技術のBear Flag Robotics(ベアフラッグ・ロボティクス)を2億5,000万ドルで買収し、シリコンバレーの技術者を大量に抱えるなど、研究開発の重心を明確にAIとソフトウェアへ移しています。

課題と解決策

同社が繰り返し指摘する課題は、世界的な農業労働力の不足と熟練オペレーターの高齢化、そして肥料・農薬など投入資材のコスト上昇です。限られた人手と資材で、拡大する経営面積をこなさなければならない。この課題に対する同社の答えが、以下の技術群です。

See & Spray — AIが雑草だけを狙い撃つ

See & Sprayは、ブーム(散布アーム)に取り付けたカメラ映像をAIがリアルタイムで解析し、作物と雑草を見分けて雑草にだけ除草剤を噴射する技術です。Blue River Technology買収で獲得した機械学習技術が中核になっています。同社の発表によると、2025年には北米で1,000台以上のSee & Spray搭載スプレーヤーが延べ500万エーカー(約200万ヘクタール)で稼働し、非残効性除草剤の使用量を平均で約50%削減、散布液に換算して約3,100万ガロン(約1億1,700万リットル)を節約しました。散布量を減らしながら、雑草防除の徹底により単収が向上した事例も報告されています。

自律走行トラクター — 2030年へのフルオートノミー計画

2022年のCES(米ラスベガスの技術見本市)で、同社は大型トラクター「8R」をベースにした完全自律走行トラクターを発表し、農機の無人化競争の口火を切りました。2025年のCESでは第2世代の自律走行キットを発表。16台のカメラで360度を監視し、より高速で大きな作業機を牽引できるようになりました。対象機種も広がり、大規模穀物経営の耕うん作業向け大型トラクター「9RX」に加え、LiDARセンサーを追加して樹冠の濃い果樹園での防除作業に対応する果樹園向けトラクター「5ML」、採石場向けダンプトラック、商用芝刈り機と、4つの領域で自律走行機を展開しています。オペレーターはスマートフォンのアプリ(Operations Center Mobile)から無人機を監視・操作できます。同社はトウモロコシ・大豆の生産体系全体を2030年までにフルオートノミー化する目標を掲げています。

Operations Center — 農業データのプラットフォーム

John Deere Operations Centerは、機体に搭載された通信端末JDLinkを通じて作業データ・収量データ・機械の稼働状況をクラウドに集約する無償のデータプラットフォームです。播種密度や散布量のマップ化、他社製ソフトウェアとのAPI連携にも対応し、同社はこのプラットフォームに取り込まれた圃場面積を「エンゲージド・エーカー」という独自指標で管理しています。2024年1月には宇宙開発企業SpaceXとの提携を発表し、衛星通信サービスStarlink(スターリンク)を農機に搭載する業界初の取り組みを開始しました。携帯電話の電波が届かない圃場でもマシンデータの送受信や遠隔診断、自律走行運用が可能になるもので、2024年後半から米国とブラジルで提供が始まっています。

StarFireガイダンスと後付けキット

精密農業の土台となるのが、GPSガイダンスシステム「StarFire」と自動操舵「AutoTrac」です。独自の補正信号により数センチメートル級の作業精度を実現し、重複散布や播種のムラを抑えます。また、こうした精密農業機能を新車だけでなく既存の保有機に後付けできる「Precision Upgrades(プレシジョン・アップグレード)」も展開しており、買い替えを待たずに技術を導入できる点は投資回収を重視する農業法人にとって重要なポイントです。

ビジネスモデル

従来の同社の収益構造は「機械の販売+部品・サービス+金融」でした。ここに現在、ソフトウェアとしての課金モデルが加わりつつあります。象徴的なのがSee & Sprayの従量課金で、2025年からは使用面積に応じてエーカー単位の利用料を支払う方式(休閑地1ドル/エーカー、作付地5ドル/エーカー)を導入し、さらに「削減効果が出た場合に支払う」成果連動型の保証プログラムも始めました。高額な機械を売り切るのではなく、技術がもたらした価値に応じて課金する、いわゆる「ソリューション・アズ・ア・サービス」への転換です。同社は経営目標「Leap Ambitions」の中で、2030年までに経常収益(リカーリング収益)を全社売上の10%に引き上げる目標を明示しています。

「修理する権利」を巡る対立と和解

一方で、機械のソフトウェア化は農家との軋轢も生みました。診断ソフトウェアが正規ディーラーに事実上限定され、農家が自分の機械を自分で修理できない「修理する権利(Right to Repair)」問題です。同社は2023年1月に全米農業会連合会(AFBF)と覚書を締結し、農家や独立系修理業者が診断ツール・マニュアル・部品にアクセスできるようにすることを約束しました。しかし2025年1月には米連邦取引委員会(FTC)と州政府が、修理サービス市場の独占にあたるとして同社を提訴。さらに農家による集団訴訟では、2026年に同社が9,900万ドルを支払い、修理用デジタルツールを少なくとも10年間提供することで和解しています。スマート農業の進展とともに、機械の所有権とデータ・ソフトウェアの支配権を巡る議論は世界的に続く見通しです。

今後の計画

同社が掲げる目標「Leap Ambitions」では、コネクテッド機械150万台、プラットフォーム上のエンゲージド・エーカー5億エーカーという普及目標に加え、前述の通り2030年までの経常収益比率10%を打ち出しています。技術面では、トウモロコシ・大豆生産体系のフルオートノミー化(2030年目標)に向けて自律走行の対象作業を拡大中で、果樹園など労働集約的な高付加価値作物への展開も始まりました。また2026年初頭には、今後10年間で米国内の製造拠点に200億ドルを投資する計画も表明しており、農業・建設機械の自動化を軸とした成長投資を続ける構えです。

コメント

日本の読者にとってJohn Deereは意外に縁の深いメーカーです。ヤンマーとは1970年代から提携関係にあり、現在もヤンマーアグリがジョンディア製の大型トラクター(90〜410馬力クラス)を輸入販売しています。とはいえ水田中心で1経営あたりの面積が小さい日本では、クボタ・ヤンマー・イセキの国産3社が主流であり、John Deereの主戦場である数百ヘクタール級の畑作経営はごく一部。北海道の大規模畑作・酪農地帯を除けば、機械そのものが日本の農家の選択肢になる場面は限られます。

それでも同社の動きから目を離せないのは、「農機メーカーの未来像」を最も先鋭的に示しているからです。機械の性能ではなくソフトウェアとデータで差別化し、面積当たり・成果連動で課金する。この方向性は、クボタのアグリロボシリーズやKSAS、ヤンマーのスマートアシストなど国内勢が進む道の先にあるモデルといえます。同時に、「修理する権利」を巡る米国での訴訟と和解は、機械がソフトウェア化するほど農家の自律性が制約されうるという警鐘でもあります。スマート農機の導入を検討する際は、性能や価格だけでなく、データの所有権や修理・保守の条件まで含めて見極める視点が、日本の農業経営者にもこれから必要になるはずです。

参考URL

  • Precision Ag Technology(John Deere公式) リンク
  • Deere Reports Net Income of $1.065 Billion for Fourth Quarter, $5.027 Billion for Fiscal Year(PR Newswire) リンク
  • Deere & Company Form 10-K FY2025(米証券取引委員会) リンク
  • See & Spray Herbicide Savings(John Deere公式) リンク
  • John Deere’s See & Spray saves farmers more than 31m gallons of herbicide mix in 2025(AgTech Navigator) リンク
  • John Deere Reveals New Autonomous Machines & Technology at CES 2025(John Deere公式) リンク
  • John Deere Acquires Bear Flag Robotics to Accelerate Autonomous Technology on the Farm(PR Newswire) リンク
  • John Deere Announces Strategic Partnership with SpaceX(John Deere公式) リンク
  • FTC, States Sue Deere & Company(米連邦取引委員会) リンク
  • American Farm Bureau and John Deere Sign Memorandum of Understanding Addressing Right to Repair(アイオワ州立大学 農業法税務センター) リンク
  • Deere Settles Class Action Right-to-Repair Lawsuit(イリノイ大学 Farm Policy News) リンク
  • ジョンディア|製品・サービス(ヤンマー公式) リンク