昆虫フラス(昆虫のフン由来の肥料)は、食品残渣を昆虫に食べさせて生まれる循環型の有機肥料として注目されています。とくにアメリカミズアブ(BSF)のフラスが世界で研究されています。では実際どれだけ効くのでしょうか。このページは査読論文を横断して、「作物ごとの効果と、その根拠となる出典」を一覧できる実証事例集です。
このページの方針:対照区との比較が明記された査読論文だけを採用しています。メーカーの宣伝は掲載していません。効果が出なかった・逆効果になった事例も同じ基準で載せています。
はじめに:「原料の昆虫・餌・処理」で結果が正反対になる
昆虫フラスで最も重要なのは、どの昆虫の、何を食べさせた、どう処理したフラスかで、効果も安全性も大きく変わるという点です。同じ「昆虫フラス」でも、良い肥料にも、植物を枯らす毒にもなり得ます。
- 昆虫種で成分が大きく違う:9種の昆虫フラスを比較した研究では、窒素は2.1〜3.0%、pHは4.6〜8.3と幅があり、アメリカミズアブ(BSF)フラスが他種より窒素・カリウムが高く、肥料として一段優れていました。
- 原体(未処理)は植物毒性のことも:ミールワームフラスの原体は発芽指数がわずか1.3%(強い植物毒性)でしたが、5倍に希釈すると67%まで回復しました。ほぼ全ての昆虫フラスは塩類濃度が高く、未熟品は追加の堆肥化が必要です。
- 過剰施用は発芽阻害:3%施用でイタリアンライグラスの発芽がほぼ完全に阻害された一方、1.5%では逆に生育が改善しました。アンモニアと塩類が原因です。
成分比較の出典:Scientific Reports, 2022/Insects, 2026
作物別の効果(アメリカミズアブ・フラス)
- トマト+22〜135%・ケール+20〜27%・インゲン+38〜50%(フラス+化学肥料の併用)【査読論文】…ケニアicipe。BSFフラスと化学肥料の併用で、化学肥料単用より大きく増収。フラス単用でも慣行堆肥・市販有機肥料より高収量(2021年)。出典(Frontiers in Plant Science, 2021)
- トウモロコシで無施用比+49〜101%、化学肥料より窒素利用効率が高い【査読論文】…ケニア。BSFフラス7.5t/haで、同じ窒素量の化学肥料より収量が14%高く、窒素肥料当量は化学肥料の2.5倍(2020年)。出典(Frontiers in Plant Science, 2020)
- インゲンで種子収量+43〜72%、根粒が3〜14倍・窒素固定も増加【査読論文】…ケニア。マメ科の窒素固定を促進する再生型肥料としての効果(2024年)。出典(Frontiers in Plant Science, 2024)
- ジャガイモで塊茎収量+20〜72%、キチン添加でシストセンチュウを23〜58%抑制【査読論文】…ケニア。BSFフラス+5%キチンが、化学肥料+殺線虫剤より線虫抑制で優れた(2025年)。出典(Frontiers in Plant Science, 2025)
- 【条件依存】レタスは初回+約50%だが2回目の収穫では差が消失【査読論文】…ベナンIITA。BSFフラスは速効的というより緩効的で、効果の出方が収穫回で変わる(2024年)。出典(Frontiers in Plant Science, 2024)
- オオムギでミールワームフラスが化学肥料と同等の養分供給【査読論文】…フランス。ミールワームフラス10Mg/haが鉱質NPK肥料と同等のバイオマス・養分吸収。フラス+鉱質肥料の混用で土壌微生物活性が最も高い(2020年)。出典(Scientific Reports, 2020)
「窒素供給」と「キチン刺激」の切り分け
昆虫フラスの効果には、窒素などの養分供給と、昆虫の外骨格由来のキチンによる植物免疫の刺激(害虫・病害抵抗)の2つがあります。これを厳密に分けた研究があります。
- 殺菌しても効果は減らない=養分・生体分子が主因(トマト等)【査読論文】…ノルウェー科技大ほか。ミールワームフラス2%でトマト新鮮重が約80g→約125gに増加。フラスを121℃で殺菌しても効果が減らず、「生きた微生物ではなく養分・生体分子が主因」と実証。ただし窒素欠乏だけは補償できず(フラスの窒素は有機態でミネラル化が遅い)、キチンは土壌微生物に分解されて初めて免疫を刺激することも示した(2023年)。出典(Biocatalysis and Agricultural Biotechnology, 2023)
- 害虫の食害を抑える防御遺伝子を活性化(トウモロコシ)【査読論文】…ケニア。BSFフラス施用区で防御遺伝子が高発現し、ツマジロクサヨトウ(重要害虫)の幼虫が葉を有意に少なく食べた。キチン由来の防御誘導の実証(2025年)。出典(Scientific Reports, 2025)
- 窒素供給は硝化速度に律速される【査読論文】…ドイツ。フラスの無機態窒素はアンモニウムが主で、硝化抑制剤を併用すると窒素吸収が最大に。フラスの窒素の相当部分が尿素態(2021年)。出典(Frontiers in Sustainable Food Systems, 2021)
日本での動き
日本でもアメリカミズアブによる循環型肥料の取り組みが始まっています。山形大学の佐藤智准教授らは、アメリカミズアブ幼虫に生ゴミを食べさせてフンを肥料化し、「化学肥料と同等の効果」を確認したとして、2025年3月からフン由来肥料「はえっぺ」の試験販売を始めました(病院の生ゴミ→フン肥料→高校生がジャガイモ栽培→病院食材、という循環実証)。ただしこれは大学発の取り組み・報道情報であり、対照区つきの査読論文として数値が公開されているわけではない点に留意が必要です(山形大学SDGsプロジェクト)。
なお、昆虫フラス肥料の対照区つき圃場研究は熱帯アフリカ(とくにケニアのicipe)が最先端で、温帯・日本での圃場データはまだ乏しいのが現状です。
まとめ
昆虫フラス(とくにアメリカミズアブ)は、作物によっては化学肥料以上の増収と、キチン由来の害虫・病害抑制を両立できる有望な循環型肥料です。トマトで最大+135%、化学肥料の2.5倍の窒素利用効率という査読データもあります。一方で、原料の昆虫・餌・処理で成分と安全性が大きく変わり、原体や過剰施用は植物毒性・発芽阻害を起こすため、希釈・堆肥化と適正な施用量が不可欠です。「昆虫のフンだから安全・万能」ではなく、質の見極めが重要な資材です。
参考URL
- Scientific Reports, 2022
- Insects, 2026
- Frontiers in Plant Science, 2021
- Frontiers in Plant Science, 2020
- Frontiers in Plant Science, 2024
- Frontiers in Plant Science, 2025
- Frontiers in Plant Science, 2024
- Scientific Reports, 2020
- Biocatalysis and Agricultural Biotechnology, 2023
- Scientific Reports, 2025
- Frontiers in Sustainable Food Systems, 2021
- 山形大学SDGsプロジェクト
※本ページの数値は各出典の特定条件下での実証値です。対照区つきの査読論文を採用し、メーカーの宣伝は掲載していません。効果は昆虫種・餌・処理・施用量・作物で大きく異なります。