バイオ炭(もみ殻くん炭・木質炭・竹炭など)を畑に入れると、収量や土壌はどう変わるのでしょうか。そして近年注目される炭素貯留(カーボンクレジット)はどれくらいの量になるのでしょうか。このページは、メタ分析・査読論文・日本の試験場データ・農林水産省資料を横断して、「作物ごとの効果と炭素貯留の実績、その根拠となる出典」を一覧できる実証事例集です。
このページの方針:対照区との比較が明記された試験・メタ分析・査読論文・公的機関の資料だけを採用しています。数値はいずれも特定の条件下での実証値です。効果が出なかった条件も同じ基準で載せています。土づくり資材としては「菌根菌の効果 実証事例集」もあわせてご覧ください。
はじめに:バイオ炭は「痩せた酸性・砂質土でこそ効く」
バイオ炭の効果を理解するうえで最も重要なのは、効く土壌と効かない土壌がはっきり分かれるという点です。海外の派手な増収データをそのまま日本の肥沃な畑に当てはめると、期待外れになります。
- 熱帯・酸性・砂質・低肥沃な土壌で効果が大きい:これらの土壌では、バイオ炭のpH改善(石灰効果)や保肥力向上が効きます。
- 温帯の肥沃な土壌ではほぼ効かない:後述のメタ分析では、温帯土壌の平均は約−3%(増収なし)でした。日本の肥沃な水田・畑では、増収より「土壌改良」「炭素貯留」に価値があります。
- バイオ炭は肥料そのものではなく「肥料の増強材」:単独より、肥料と併用した方が効果が大きくなります。
- 原料・焼成温度で性質が全く変わる:もみ殻・木質・竹で、pH・保水性・保肥性の得意分野が異なります。
全体像:メタ分析でわかる平均効果
- 熱帯土壌で収量+25%、温帯土壌では約−3%(増収なし)【メタ分析】…バイオ炭研究で最も重要な総論。熱帯の増収は主に石灰効果+施肥効果で説明でき、低pH・低肥沃という熱帯耕地の特徴と整合。温帯の肥沃土ではむしろわずかに減(2017年)。出典(Environmental Research Letters, 2017)
- バイオ炭単独+26%、肥料併用+48%(無施肥対照比)【メタ分析】…「肥料の増強材」であることを定量化。肥料単独に対しても+15%上乗せ。砂質土で最大+108%(2020年)。出典(Soil Use and Management, 2020)
- 酸性土壌で土壌pH+7%・収量+21%・CEC+27%(286論文)【メタ分析】…強酸性・低CEC・低有機物の土壌ほど効果が大きい(2023年)。出典(Frontiers総説, 2023)
- 砂質土で食用作物収量+20%・窒素溶脱−38%(92論文)【メタ分析】…施設園芸で多い砂質土での効果を裏づけ(2024年)。出典(Environmental Evidence, 2024)
- 全作物横断で収量+5〜51%・土壌有機炭素+12〜102%(367論文・37カ国)【メタ分析】…367本の査読論文から2,438対の対照付き観測(891独立実験・37カ国)を統合した大規模データセット。収量・炭素・温室効果ガスの効果幅が非常に大きく、効果が条件(土壌・原料・施用量)に強く依存することを数値で示しています(2024年)。出典(Scientific Data, 2024)
日本の試験場データ(もみ殻くん炭・竹炭)
- 水稲で約2割増収、こまつなで約4割増収(もみ殻くん炭)【公的】…栃木県農業総合研究センター。もみ殻くん炭70kg/10a施用で水稲が約2割増収、こまつなは35kg/10a施用で約4割増収(有意)。ただし施用しすぎると逆効果(水稲は10t/10aで2割減収)で上限あり(2022年度)。出典(栃木県農総研)
- ホウレンソウで収量15〜30%増・えぐみ低減(竹炭)【公的】…島根県農業技術センター。孟宗竹を650℃で炭化し1a当たり100kg混和。効果は2作目以降も持続し、シュウ酸(えぐみ成分)も低減(2004〜2005年)。出典(島根県農技センター)
- 【重要な注意】日本のもみ殻くん炭は「メタン削減」ではなく「増収+炭素貯留」が根拠【公的・査読】…筑波大学・農研機構。黒ボク土で玄米収量は有意に増加し、ケイ酸吸収も大きく増える一方、水田のメタンはむしろ微増(有意でない)。水田のメタン削減を謳うのは海外の稲わら炭研究であり、日本のもみ殻くん炭とは根拠が異なる(2016年)。出典(JARQ / JIRCAS, 2016)
作物別の圃場試験(海外査読)
- イネ(熱帯水田):肥料単独比で収量+87%・メタン−43%【査読論文】…タイ。稲わらバイオ炭3t/ha(2024年)。出典(Scientific Reports, 2024)
- トマト:収量+29.6%・ビタミンC+6.8%(メタ分析)【メタ分析】…401〜500℃の木質・稲わら炭が最良(2024年)。出典(Sustainability, 2024)
- 野菜横断:ピーマン+92.6%・ナス+37%・カリフラワー+43.5%(併せてN2O−45%)【査読論文】…施設野菜での事例をまとめた総説(2025年)。出典(Frontiers in Sustainable Food Systems, 2025)
- 柑橘(バレンシアオレンジ):収量+67〜73%・葉の養分向上【査読論文】…6kg/樹/年の柑橘剪定枝炭(2025〜26年)。出典(Scientific Reports, 2025)
- 小麦(砂質・水不足):灌漑水を約20%節約しても減収は約7%のみ【査読論文】…エジプト。効果が「増収」でなく「節水」で出る好例(2022年)。出典(Plants, 2022)
- ジャガイモ:バイオ炭単独+16%、有機肥料併用+48%【査読論文】…中国・貴州(2024年)。出典(PMC, 2024)
温帯・肥沃土では効かない:条件依存と陰性事例
バイオ炭を中立的に評価するうえで欠かせないのが、効果が出なかった・減収した・数年で効果が消えたという事例です。特に温帯の肥沃な土壌(日本の多くの畑がこれに該当)では、増収が見込みにくいことを具体的な国・作物・数値で確認できます。
- 温帯の大規模圃場は「効く・効かない・減る」が混在【査読レビュー】…各国の大規模圃場試験を統合したレビュー。英国の3年7試験は「正3・負1・無反応3」、ドイツの小麦・ライ麦・トウモロコシ(7.7t/ha・3年)は中立、イタリアのトマト(14t/ha)も中立、豪州のバナナは−18%の減収。熱帯で効くバイオ炭が温帯では差が出にくいことを裏づけます(2021年)。出典(Frontiers in Energy Research, 2021)
- 効果は数年で減衰する場合がある(再施用が前提)【査読レビュー】…同レビューより。中国のナタネは5年目で増収効果が消失、インドネシアのトウモロコシは3作後に効果が減衰し3〜5作ごとの再施用が必要でした。一度入れれば永続する資材ではありません(2021年)。出典(Frontiers in Energy Research, 2021)
- 酸性土でもバイオ炭「単独」では効かず、堆肥併用でようやく+6.3%【査読論文】…中国・江蘇省の5年圃場試験。クスノキ木質バイオ炭30t/haを化学肥料と併用しても単独区は6.40t/haと低く、豚ふん堆肥を併せて初めて化学肥料単独比+6.3%(9.41 vs 8.85t/ha)にとどまりました。バイオ炭は肥料・堆肥の増強材という位置づけを裏づける「小さな効果」の実例です(2024年)。出典(PMC, 2024)
重金属の固定(カドミウム・鉛の低減)
増収とは別に、バイオ炭には汚染土壌で重金属を固定し、可食部への移行を抑える用途があります。日本でも問題になるカドミウム米対策の観点から、対照区つき圃場試験の実数値を紹介します。
- 水稲:玄米のカドミウム−77%・鉛−88%(圃場・対照付き)【査読論文】…中国・浙江省の圃場試験(8m×8m区・3反復)。バイオ炭系改良材で玄米のCdが−77%・Pbが−88%、バイオ炭単独でも玄米Pbが−89%低減しました。土壌の可給態Cdは0.324→0.136mg/kg、Pbは53.21→24.68mg/kgへ(90日)。汚染米対策の具体例です(2018年)。出典(Scientific Reports, 2018)
温室効果ガスの削減(メタン・N2O)
バイオ炭は条件次第で水田のメタン(CH4)や畑の一酸化二窒素(N2O)を減らせます。ただし、メタンを減らすとN2Oが増えるトレードオフが起きることもあり、両方を同時に減らせた条件は限られます。ここでは対照区つきで削減が確認された事例を挙げます。
- タバコ-イネ輪作の酸性水田:CH4もN2Oも施用量とともに減少【査読論文】…中国・福建省。タバコ稈バイオ炭(450℃)を0/10/40/80t/ha施用。水稲期のメタンは対照159.3kg/haから有意に減少し、タバコ期はメタンを吸収する側に転じ、N2Oも施用量とともに減少しました(両ガスとも施用量と負の相関)。土壌pHは5.4→6.1へ改善。メタンとN2Oが同時に減った珍しい圃場例です(2019年)。出典(Scientific Reports, 2019)
- 家畜ふん堆肥化:バイオ炭添加でメタン−79%(実規模windrow)【査読論文】…米国カリフォルニア州の乳牛ふん堆肥化(実規模の堆積列30m×3m×1m・35日)。木質バイオ炭を添加した区は、メタンがふん単独の2.43g/kgから0.51g/kgへ−79%。圃場だけでなく堆肥化の段階でのメタン削減という別軸を示します(2022年)。出典(PMC, 2022)
炭素貯留・カーボンクレジット(J-クレジット)
日本では、バイオ炭を農地に施用すると炭素を長期間土壌に固定できるとして、J-クレジット制度(2020年に方法論AG-004が制定)で取引できるようになりました。増収が見込みにくい肥沃土でも、この炭素貯留に価値があります。
- 黒炭を10aに300kg施用で約0.73t-CO2を貯留【公的】…農林水産省の試算例。算定式は「施用量×炭素含有率×100年後残存率×44/12」。黒炭は炭素含有率0.77・残存率0.89(2019年改良IPCCガイドライン準拠)。ただしコストをクレジット売却だけで賄うには約41,000円/t-CO2以上での販売が必要。出典(農林水産省「バイオ炭の農地施用をめぐる事情」)
- 簡易算定手法を農研機構が開発【公的】…バイオ炭の炭素含有率や100年後残存率(63〜82%と推定)を簡便に算出する式を開発。原料により有機炭素含有率は7〜79%と大きく変動(2024年)。出典(農研機構 プレスリリース)
- J-クレジット認定と施用量上限の目安(公式)【公的】…農林水産省。バイオ炭を「350℃超でバイオマスを加熱した固形物」と定義し、2019年度から国際的なGHG吸収の取組として計上、2020年9月30日にJ-クレジット制度の対象に認定。アルカリ性(pH8〜10程度)のため過剰施用はpH上昇による生育悪影響のリスクがあるとして、作物・土壌別の施用量上限の目安を示しています。出典(農林水産省「バイオ炭の施用量上限の目安について」)
- 果樹剪定枝バイオ炭で「4パーミル・イニシアチブ」(山梨県)【公的事例】…山梨県が都道府県で初めて参加。モモ・ブドウの剪定枝を無煙炭化器でバイオ炭化して園地に施用。炭化器購入補助(1/2・上限8万円)も。出典(農林水産省 普及事例)
- 世界ポテンシャル:最大1.8 Pg CO2/年(人為排出の12%)【査読論文】…バイオ炭の炭素貯留ポテンシャルの定番論文。IPCC第6次報告書もバイオ炭を二酸化炭素除去(CDR)として正式認定(2010年/IPCC 2022)。出典(Nature Communications, 2010)
施用の注意点
- 入れすぎは逆効果:バイオ炭はアルカリ性のため、施用しすぎると土壌pHが上がりすぎて生育不良に。栃木の水稲では10t/10aで減収。上昇したpHは数年で元に戻ります。
- 施用量には最適点がある(10t/ha付近で頭打ち):レビューでは、バイオ炭+施肥の平均効果は+9.9%で、施用量10t/ha付近でプラトー(頭打ち)に達します。5t/haが10t/haより良かった例や、タバコで900kg/haを超えると生育阻害が起きた例もあり、増やすほど効くわけではありません。
- 自分の土壌タイプを確認:酸性・砂質・痩せた土なら効果が期待でき、肥沃な土なら増収より炭素貯留・土壌改良が主目的になります。
- 水田のメタン・N2Oは施用量×窒素量で反転しうる:条件次第で温室効果ガスが増える場合もあり、海外の水田レビューでは「バイオ炭≤9t/ha+窒素140〜240kg/ha」が最適とされています。
まとめ
バイオ炭は、酸性・砂質・痩せた土壌では収量+20〜25%の効果がメタ分析で確認される一方、温帯の肥沃な土壌ではほぼ増収しない(英国・ドイツ・イタリアの試験は中立、豪州バナナは−18%)という、土壌タイプで効果がはっきり分かれる資材です。日本ではもみ殻くん炭・竹炭の県試データで増収が確認され、さらに重金属固定・温室効果ガス削減・J-クレジットによる炭素貯留という新しい価値も加わっています。増収を狙うのか、土壌改良・炭素貯留を狙うのか、目的を明確にして使うことが大切です。
参考URL
- Environmental Research Letters, 2017
- Soil Use and Management, 2020
- Frontiers総説, 2023
- Environmental Evidence, 2024
- Scientific Data, 2024(グローバルデータセット)
- 栃木県農総研
- 島根県農技センター
- JARQ / JIRCAS, 2016
- Scientific Reports, 2024
- Sustainability, 2024
- Frontiers in Sustainable Food Systems, 2025
- Scientific Reports, 2025
- Plants, 2022
- PMC, 2024(ジャガイモ)
- Frontiers in Energy Research, 2021(大規模圃場レビュー)
- PMC, 2024(酸性土の水稲5年試験)
- Scientific Reports, 2018(重金属固定)
- Scientific Reports, 2019(CH4・N2O)
- PMC, 2022(堆肥化メタン削減)
- 農林水産省「バイオ炭の農地施用をめぐる事情」
- 農林水産省「バイオ炭の施用量上限の目安について」
- 農研機構 プレスリリース
- 農林水産省 普及事例
- Nature Communications, 2010
※本ページの数値は各出典の特定条件下での実証値です。対照区つきの試験・メタ分析・査読論文・公的資料を採用しています。バイオ炭の効果は土壌タイプ・原料・施用量で大きく異なります。