カーボンクレジットは、いまや農業経営にとって無関係な話題ではありません。ところが、国の認証制度であるJ-クレジット制度に登録されたプロジェクト862件(2025年12月末時点)のうち、農業者が取り組むものはわずか56件にとどまります。全体の約6.5%という数字は、農業分野での脱炭素ビジネスがまだ「これから」の段階にあることを物語っています。本稿では、この56件という現在地と、突破口として注目される水稲の中干し期間延長について、農林水産省の公表データから読み解きます。
登録862件のうち農業はわずか56件
J-クレジット制度は、省エネ設備の導入や森林管理などによる温室効果ガスの排出削減・吸収量を、国が「クレジット」として認証する仕組みです。認証されたクレジットは企業などに売却でき、農業者にとっては営農努力を収益化する新たな手段になり得ます。
しかし現状の内訳を見ると、登録プロジェクト862件のうち農業者によるものは56件。残る806件は工場の省エネや再生可能エネルギー、森林分野などが占めています。農業分野の比率は約6.5%にすぎず、制度の認知度や手続きの負担、削減量の算定の難しさといった参入障壁が、まだ高いことがうかがえます。

裏を返せば、農業分野は伸びしろが大きい領域だとも言えます。気候変動が農業生産そのものに影響を及ぼすなか(気候変動の農業への影響)、削減努力を収益に変える制度が整いつつある点は、中規模以上の経営体ほど検討する価値があります。
突破口は水稲の中干し期間延長
農業分野で具体的な成果が出はじめているのが、水稲栽培における「中干し」期間の延長です。中干しとは、稲の生育途中に水田の水を抜いて土を乾かす作業を指します。この期間を慣行より延ばすと、水田の土壌から発生するメタンを抑えられます。メタンは二酸化炭素より強力な温室効果ガスであり、水田はその主要な発生源の一つです。
農林水産省が示す事例では、479.5ヘクタールで中干し期間を延長した結果、約760トンのCO2換算メタン削減量が試算されました。単純計算で1ヘクタールあたり約1.6トンの削減に相当します。特別な設備投資を必要とせず、既存の水管理の工夫だけで取り組める点が、水稲農家にとって参入しやすい理由です。

面積をまとめられる農業法人や、地域でまとまって取り組める産地ほど、クレジット化のスケールメリットを得やすくなります。個々の経営でクレジット申請まで完結させるのは負担が大きいため、地域単位・グループ単位での取り組みが現実的な選択肢になります。
環境保全型農業の支援も土台にある
脱炭素や生物多様性に配慮した営農を後押しする仕組みは、クレジット制度だけではありません。環境保全型農業直接支払の実施面積は9万1千ヘクタールにのぼり、堆肥の活用やカバークロップの導入など、環境負荷を抑える営農への支援が一定の広がりを見せています。
こうした既存の取り組みは、将来のクレジット化につながる土台でもあります。環境配慮型の営農で得たデータや実績は、削減量の算定や認証申請の場面で生きてきます。食料の安定供給(食料自給率)と環境保全を両立させる経営は、これからの農業ビジネスにおける差別化要因になっていくでしょう。56件という小さな数字は、裏を返せば早期に動く経営体ほど先行者になれる余地が残されていることを示しています。
データの引用について
本記事のグラフおよび数値は、農林水産省が公表する一次データに基づいて作成しています。グラフ・数値はCC BY 4.0のもとで、出典を明記いただければ自由に引用・再利用いただけます。引用の際は「先端農業マガジン smartagri.jp」および下記の公的出典をあわせて明記してください。