菌根菌の効果 実証事例集|作物別の増収・減肥データと出典【2026年版】

菌根菌(アーバスキュラー菌根菌/AM菌)を作物に共生させると、実際どれだけリン吸収や収量が上がるのでしょうか。このページは、大学の査読論文・メタ分析(多数の試験を統合した解析)・農研機構などの公的試験を横断して、「作物ごとの効果と、その根拠となる出典」を一覧できる実証事例集です。

このページの方針:菌根菌は「効いた」という宣伝が多い資材ですが、ここでは対照区(無接種区)との比較が明記された試験・公的機関の試験・査読論文だけを採用しています。メーカーの「例年比◯%増」といった前年比・聞き取りベースの数字は、天候や品種の違いを分離できないため掲載していません。あわせて、効果が出なかった・逆効果になった事例も同じ基準で載せています。菌根菌でリン酸肥料をどこまで減らせるかは「菌根菌でリン酸肥料は3割減らせるか 農研機構データで読む節肥効果」でも解説しています。

はじめに:菌根菌は「低リン・ストレス下でこそ効く」

事例を読む前に、菌根菌の効果が大きく揺れる理由を押さえておきましょう。菌根菌は植物の根に共生し、菌糸を伸ばして土壌からリンや水を集めて植物に渡す代わりに、光合成産物を受け取る微生物です。この関係の性質上、効果には強い条件依存があります。

  • 土壌のリンが多いと効果が小さい/消える:植物が自力でリンを吸える肥沃な畑では、菌根菌に頼る必要がなく共生も成立しにくくなります。複数のメタ分析が「土壌の可給態リンが低いほど効果が大きい」と示しています。
  • 圃場では室内試験より効果が小さい:畑には元々土着の菌根菌がいるため、無接種区(対照)にも菌がいて差が出にくくなります。
  • 宿主・菌株の組合せで逆転する:品種や菌の種類によっては効果がゼロ、あるいはマイナスになることもあります(後述のデュラム小麦・イチゴの例)。
  • アブラナ科・アカザ科(ダイコン・ホウレンソウ等)とは共生しない:これらの作物には菌根菌は効きません。

つまり菌根菌は「入れれば必ず効く」ものではなく、リンが少ない土壌や、乾燥・塩などのストレス下でこそ本領を発揮する資材です。以下の数値は、各出典の特定の条件下での実証値です。

全体像:メタ分析でわかる平均効果

まず、多数の試験を統合したメタ分析で「平均するとどれくらい効くのか」を押さえます。個別事例の派手な数字より、こちらが実態に近い相場観です。

  • 雨よけ・天水条件で収量+23.0%(21論文・546観測を統合)【メタ分析】…地上部リン+46%、根バイオマス+29.6%。窒素固定作物(豆類)+29.4%が非固定+20.4%を上回る。一方「高施肥・耕起の慣行農業では菌根菌の役割は小さい」と明記(2022年)。出典(PeerJ, 2022)
  • リン吸収+105%・窒素吸収+67%(187論文を統合)【メタ分析】…菌根菌の効果はリンで最も大きい。ただし単一菌種>混合菌種、室内試験>圃場試験(圃場では対照にも土着菌がいて効果が縮む)(2024年)。出典(BMC Plant Biology, 2024)
  • 乾燥ストレス下で総乾物+58%・リン吸収+86%(106論文)【メタ分析】…乾燥が重いほどリン吸収効果が大きい(軽度+35%→重度+97%)。木本の多年生作物が草本の一年生より反応が大きい(2022年)。出典(Journal of Fungi, 2022)
  • 土壌の可給態リン15〜25kg/haで効果最大(+40%超)、リンが高いと縮小(171論文)【メタ分析】…「低リン土壌でこそ効く」を統計的に裏づけた基準線(2017年)。出典(Frontiers in Plant Science, 2017)
  • 大規模圃場では効果がばらつく(−12%〜+40%、有意な増収は約26%の圃場)【査読論文】…スイス54圃場のトウモロコシ実測(2018〜2020)。増収を最もよく説明したのは養分ではなく「土壌の病原糸状菌の多さ」だった。圃場実装のリアルを示す重要な研究(2023年)。出典(Nature Microbiology, 2023)

ダイズ ※日本の公的データが充実

  • 宿主作物の跡地ならリン酸施肥を3割減らしても減収しない【公的】…農研機構 北海道農業研究センター。菌根菌と共生する作物(コムギ・バレイショ等)の跡地でダイズを作ると、土着の菌根菌が働き、リン酸施肥を現行基準から3割削減しても収量が落ちない。北海道施肥ガイド2015に反映された実用データ。接種資材ではなく「前作の効果で土着菌を増やす」方式。出典(農研機構 成果情報, 2013)
  • 接種は効果が正・ゼロ・負に分かれる(日本の圃場)【査読論文】…農研機構ほか。導入した菌(R-10)が土着菌に優占できた圃場では収量+193kg/haだが、できない圃場では無効、イネ科の前作では−381kgと減収も。「接種すれば必ず効く」わけではないことを日本の圃場で実証した好例(2018年)。出典(Scientific Reports, 2018)
  • 干ばつ下で子実収量+48.6%(耐乾燥細菌との併用)【査読論文】…エジプト。菌根菌単独より、耐乾燥細菌と組み合わせた方が効果が高い(2024年)。出典(Microorganisms, 2024)

トマト

  • 不足灌漑の露地で可販収量+25%・葉リン+24%【査読論文】…カリフォルニア大学デービス校。菌根菌と共生する系統と、共生できない変異体を比較した厳密な設計(2016年)。出典(Science of the Total Environment, 2016)
  • 干ばつ下で収量+330%・リコペン+53%(極端な低水条件)【査読論文】…モロッコ。ストレスが強いほど効果が大きいという傾向の象徴的な事例(2023年)。出典(Plants, 2023)
  • 品質は上がるが収量は変わらない(条件次第で効果は品質だけ)【査読論文】…ドイツ。リコペンは増え糖度も上がる傾向だが、総収量は接種区と無接種区で同じだった。「増収」と「品質向上」は別物という注意事例(2020年)。出典(IJMS, 2020)

イネ(水稲・陸稲)

  • 陸稲・リン無施用で収量+28%、ただしリンを施すと効果消失【査読論文】…マダガスカル。減肥効果の決定版だが、同時に「リンを十分施すと差がなくなる」ことも示す。低リン土壌でこそ効く典型(2022年)。出典(Experimental Agriculture, 2022)
  • 湛水した水田でも収量+5.7〜13.9%+いもち病抵抗性【査読論文】…スペイン。育苗期の好気条件で先に菌根菌を定着させれば、湛水後も機能が維持される(2025年)。出典(Rice, 2025)

トウモロコシ

  • 高栽植密度で収量+16.9%、菌糸が土壌リンの最大19.4%を供給【査読論文】…中国・黒土圃場(2021年)。出典(Scientific Reports, 2021)
  • 【逆効果】窒素欠乏土壌では収量−23〜−38%【査読論文】…中国。窒素が足りない土では菌と作物が窒素を奪い合い減収する。窒素を施すと解消。菌根菌が減収要因になりうることを示す重要事例(2018年)。出典(Frontiers in Microbiology, 2018)
  • 【効果なし】在来菌が多くリンも十分な畑では接種しても有意差なし【査読論文】…ブラジル。土着菌の定着率が既に高く土壌リンも十分だと、接種の上乗せ効果は出ない(2023年)。出典(Scientific Reports, 2023)

小麦

  • 圃場で穀粒収量+21.2%・リン吸収+30.9%・亜鉛+24%(半量NPK+接種)【査読論文】…パキスタン(2023年)。出典(PeerJ, 2023)
  • 【条件依存】定着率が増えても養分移行・収量が増えない例【査読論文】…英国。放射性リンの追跡で、菌の定着率が54〜178%増えても実際の養分移行やバイオマスは増えなかった。「定着率が高い=効いている」ではないことを示す(2021年)。出典(Plants People Planet, 2021)
  • 【品種で逆効果】デュラム小麦では菌根化でむしろバイオマス低下【査読論文】…イタリア。品種によっては共生コストが利益を上回る(2022年)。出典(Plants, 2022)

ネギ・タマネギ

ネギ類は根が単純で菌根菌への依存度が高く、効果が出やすい作物として知られます。

  • ネギで過リン酸石灰9,850kg/ha→0kgでも同等収量(日本)【査読論文】…山形大学ほか。黒ぼく土のネギで育苗期に菌根菌を接種し、リン施肥を大幅削減しても無接種の慣行施肥と同等収量。資材費でha当たり約$3,374の節約。日本の減肥エビデンスの核(2012年)。出典(Biology and Fertility of Soils, 2012)
  • タマネギ圃場で収量+13%・地上部リン+17〜29%【査読論文】…エジプト。定着はリン80kg超で低下(2021年)。出典(Saudi J. Biological Sciences, 2021)

果樹(柑橘・ブドウ)・キャッサバ

  • 柑橘(ミカン台木)が乾燥時に光合成+133%・水利用効率+51%【査読論文】…スペイン。柑橘は根毛が少なく菌根菌依存が高い(2026年)。出典(Plants, 2026)
  • 【条件依存】ブドウはアントシアニン+約27%だが糖度・収量は有意差なし【査読論文】…イタリア・3年圃場。「菌根菌でブドウの糖度が必ず上がる」は過大で、上がるのは色(アントシアニン)だった(2023年)。出典(Frontiers in Plant Science, 2023)
  • キャッサバで塊根収量+16.6〜19.4%(在来菌の選抜接種)【査読論文】…コートジボワール。ただし同じ研究で、市販資材や不適合な菌株は無接種と有意差なし=菌株選択が成否を分ける(2016年)。出典(Frontiers in Microbiology, 2016)

レタス・ジャガイモ(減肥事例)

  • レタスでリン50%減でも減収なし・葉生重約2倍【査読論文】…イタリア・ピサ大学。低リン条件で葉生重が約95%増、抗酸化成分も増加、硝酸はEU規制値以下(2022年)。出典(Foods, 2022)
  • ジャガイモは育苗期接種でリン25%減でも慣行並み、リン利用効率+39%【査読論文】…中国。一方で古い研究では「菌根菌はリン欠乏を部分的にしか補えない」とも報告され、ジャガイモは応答が不安定な作物(2025年)。出典(Frontiers in Sustainable Food Systems, 2025)

市販の菌根菌資材を選ぶときの注意

菌根菌はVA菌根菌資材として地力増進法の政令指定土壌改良資材にも位置づけられ、多くの製品が販売されています。ただし各メーカーが掲げる「収量◯%増」の多くは前年比や農家の聞き取りに基づくもので、無接種区との同年比較ではないため、本ページでは数値として採用していません。製品を検討する際は、次の点を確認するのが安全です。

  • 自分の畑のリンが高くないか:リンが十分な畑では、どんな良い資材でも効果は出にくくなります。
  • 対照区つきの試験データがあるか:「昨年より◯%増」ではなく「同じ年・同じ畑で施用区と無施用区を比べた」データかを確認します。市販接種剤を評価した研究では「定着が不十分な製品も少なくない」と報告されています。
  • 作物との相性:アブラナ科・アカザ科には効きません。ネギ類・柑橘・キャッサバなど依存度の高い作物ほど効果が出やすい傾向です。

まとめ

菌根菌は、低リン土壌や乾燥・塩ストレス下で、リン吸収と収量を大きく高める効果が多数の査読論文とメタ分析で確認されています。平均すると天水条件で収量+23%、リン吸収は倍増というのが学術的な相場観です。日本でも農研機構がダイズのリン酸3割減肥、山形大学がネギの大幅減肥を実証しています。

一方で、リンが十分な畑・窒素欠乏の畑・相性の悪い品種では、効果がゼロや逆効果になることも同じ数のエビデンスで示されています。菌根菌は「万能の増収剤」ではなく、自分の土壌条件と作物に合うかを見極めて使う資材です。リン酸減肥の考え方は「菌根菌でリン酸肥料は3割減らせるか」もあわせてご覧ください。

※本ページの数値は、各出典に記載された特定の条件下での実証値であり、どの環境でも同じ結果を保証するものではありません。対照区つきの試験・公的機関の試験・査読論文のみを採用し、メーカーの前年比・聞き取りベースの数値は掲載していません。