フランス・パリ発のスタートアップ「Standing Ovation(スタンディング・オベーション)」が、精密発酵(precision fermentation)で動物を使わずに乳タンパク質カゼインを製造する技術で、シリーズBラウンドとして3,420万ドル(約3,000万ユーロ)を調達しました。同社は調達資金をもとに、2026年内の米国市場参入を準備しています。乳製品の主要タンパク質であるカゼインを微生物発酵で生産する取り組みは、チーズや代替乳製品の原料供給を大きく変える可能性があり、国内の代替食市場にとっても示唆に富む動きです。
会社基本情報
Standing Ovationは、2020年にフランス・パリで設立された乳タンパク質スタートアップです。従業員数はおよそ36名(2026年時点)で、共同創業者には農学エンジニア出身のロマン・シャヨ(Romain Chayot)氏とフレデリック・パケ(Frédéric Paques)氏が名を連ねます。2024年半ばにはB2B領域での事業変革を専門とするイヴァン・シャルドネンス(Yvan Chardonnens)氏がCEOに就任しています。
同社は精密発酵を用いて、機能性を高めた代替タンパク質を開発する「フランスのタンパク質企業」を標榜しています。本社所在地、創業年、創業者など基本的な企業情報は公式発表と複数の海外メディアで一致しており、確度の高い情報です。
事業概要
Standing Ovationの中核製品は、精密発酵によって生産する乳タンパク質「Advanced Casein™」です。これは牛乳由来のカゼインと分子レベルで同一の構造を持つタンパク質で、牛を介さずに微生物の発酵によって生み出されます。同社はこの製法に関して8つのパテントファミリー(特許群)を保有していると説明しています。
Advanced Casein™は、以下のような乳製品・食品用途への応用が想定されています。
- チーズ
- ヨーグルト
- アイスクリーム
- バリスタ向けミルク(加熱・泡立て用途)
- プロテインバー
- ホイップクリーム
カゼインは乳タンパク質の約8割を占め、チーズの組織形成や乳製品の口当たりを左右する重要な成分です。植物性タンパク質では再現が難しいカゼイン特有の機能を、動物を介さずに供給できる点が同社の事業の核心にあります。なお同社は、ペットフード向けの単細胞タンパク質「Tertia Protein™」も開発しています。
課題と解決策
従来のカゼインは牛乳から抽出されるため、その生産は畜産に依存します。乳牛の飼養には大量の飼料・水・土地が必要で、温室効果ガスの排出も避けられません。加えて、世界的なタンパク質需要の増加に対し、畜産由来の供給を拡大し続けることには資源面・環境面の制約が伴います。一方で、大豆などの植物性原料ではカゼインが本来持つチーズの伸びや乳化といった機能を完全には代替できないという技術的な壁がありました。
Standing Ovationはこの課題に対し、精密発酵という手法で応えています。精密発酵とは、微生物にカゼインの設計図にあたる遺伝情報を組み込み、発酵プロセスを通じて目的のタンパク質そのものを生産させる技術です。得られるカゼインは牛乳由来のものと分子構造が同一であるため、乳製品としての機能をそのまま再現できます。
さらに同社の特徴は、発酵に用いる炭素源(餌)にあります。一般的な精密発酵がブドウ糖など食用の糖を消費するのに対し、Standing Ovationはチーズ製造工程で副産物として生じる酸性ホエイ(acid whey)を主原料に活用しています。同社はパートナーであるBelグループのチーズ生産から出る酸性ホエイを発酵原料として用いる仕組みを構築し、初期の工業生産サイクルを完了したと説明しています。共同創業者のロマン・シャヨ氏は「我々はサーキュラーエコノミー(循環経済)を実現し、生産コストを下げ、ライフサイクルアセスメントをさらに改善している」と述べています。
同社の試算によれば、Advanced Casein™は動物由来カゼインと比較して温室効果ガス排出量を約74%削減し、水使用量を最大で3分の1に抑えられるとされています。
ビジネスモデル
Standing Ovationは消費者向けのブランド食品を直接販売するのではなく、乳タンパク質という素材(イングリディエント)を食品メーカーへ供給するB2Bモデルを採っています。自社で全量を製造するのではなく、発酵に強みを持つ複数の産業パートナーと連携して生産体制を構築している点も特徴です。
提携先には、調味料・アミノ酸発酵で世界的な技術を持つ味の素(Ajinomoto)や、食品包装・加工大手のテトラパック(Tetra Pak)が名を連ねます。フランス国内に加え、東欧やインドの受託製造事業者とも生産で連携しているとされます。また、チーズメーカーのBelグループとは2022年から提携関係にあり、前述の酸性ホエイ供給を含む協業を進めています。これらの提携により、自社で大規模な発酵設備をゼロから建設せずにスケールアップを図る構えです。
今後の計画
今回のシリーズBラウンドの総額は3,420万ドル(約3,000万ユーロ)で、内訳は2,500万ユーロの株式調達と500万ユーロの非希薄化型(ノンダイリューティブ)融資です。株式部分は、フランス政府の「France 2030」構想の一環としてBpifranceが運用するEcotechnologies 2ファンドと、Crédit Mutuel Innovationが共同でリードしました。これにより設立から約6年での累計調達額は約5,300万ユーロ(およそ6,000万ドル)に達しています。
本ラウンドには、既存投資家のAstanor、Belグループ、Seventure Partners、GoodStartUp、Big Idea Venturesに加え、新規投資家としてDanone Ventures、Angelor、Newtree、Noshaqが参加しました。乳製品大手のダノン(Danone)が株主に加わった点は、業界からの期待を示すものといえます。
調達資金は、まず2026年の北米(米国)での事業化加速に充てられます。米国市場では、FDA(米食品医薬品局)から安全性に関する「異議なし(no questions)」のレター(GRAS関連の確認)を2026年末までに取得する見込みとしています。欧州での規制承認は手続きにより時間がかかるため2027〜28年を、欧州・アジアへの本格展開は2027年後半を見込んでいます。
コメント
精密発酵による乳タンパク質生産では、米国のPerfect DayやNew Cultureといった企業が先行してきました。Standing Ovationが際立つのは、発酵の炭素源に食用の糖ではなくチーズ製造の副産物である酸性ホエイを用いる点です。CEOらが掲げる「食料をつくるために食料を買わない」という考え方は、原料コストと環境負荷の双方を抑える狙いがあり、植物性原料からカゼイン様タンパク質を目指す勢力とも、糖を消費する一般的な精密発酵勢とも異なる独自の立ち位置を取っています。フランス政府系ファンドや国内乳業大手が出資に加わっている点も、欧州における食料主権・脱炭素の文脈に沿った動きとして注目されます。
日本の代替食市場にとっても、この動きは無関係ではありません。カゼインは国産チーズや乳製品加工の機能を支える成分であり、精密発酵カゼインが商用化されれば、乳価や原料供給の変動に左右されにくい新たな選択肢となり得ます。一方で、こうした成分が国内で流通するには食品衛生上の規制対応が前提となり、米国・欧州での承認プロセスと同様に時間を要する点には留意が必要です。乳製品の加工・販売を手がける農業法人にとっては、将来の原料調達の選択肢として中長期的に動向を見ておく価値があるテーマといえます。
参考URL
- Standing Ovation nets $34m, gears up for US launch of casein via precision fermentation(AgFunderNews) リンク
- Standing Ovation raises $34.2 million to scale up its breakthrough technology for producing dairy proteins through precision fermentation(公式プレスリリース/GlobeNewswire) リンク
- Standing Ovation 公式サイト リンク
- Paris-based Standing Ovation raises €30 million to produce dairy proteins through precision fermentation(EU-Startups) リンク
- Bel, Danone & French Govt Join $34.2M Funding for Standing Ovation(Green Queen) リンク