ハチ(マルハナバチ)に頼ってきた施設園芸の受粉と、勘と経験に依存しがちな収穫適期の見極め。この2つの古くて新しい課題に、シンガポール発のアグリテック企業Polybee(ポリビー)は「自律飛行するドローン」で挑んでいます。温室内を自己充電しながら自律飛行し、作物を監視して収量を予測し、さらに受粉まで担う「フィジカルAIエージェント」が、トマト・いちごをはじめとする施設栽培で商用展開を進めています。本記事では、Polybeeの事業内容と技術、ビジネスモデル、そして日本の施設園芸農家への示唆をまとめます。
会社基本情報
Polybee(Polybee、ポリビー)はシンガポールを拠点とするアグリテック企業です。2019年にシンガポール国立大学(NUS)発のスピンオフとして設立されました。創業者兼CEOはSiddharth Jadhav(シッダールト・ジャダブ)氏で、もともと自律ドローンと流体力学を研究していた人物です。
本社はシンガポール(298 Tiong Bahru Road)に置きつつ、主要な事業展開先であるオーストラリア(メルボルン、ダーウィン)にも拠点を構えています。現在の活動地域はオーストラリア、米国、英国、中南米(LATAM)にまたがります。従業員数は公表されていません。
2025年には、Paspalis CapitalとElev8 VCがリードする430万米ドルのシードラウンドを実施しました。このラウンドにはSEEDS Capitalのほか、戦略的エンジェル投資家としてBlue River Technology創業者のJorge Heraud(ホルヘ・エラウド)氏も参加しています。Blue River Technologyは雑草をピンポイントで識別・除草する「See & Spray」技術で知られ、2017年にJohn Deereに買収された農業AIの代表的企業です。その創業者が出資している点は、Polybeeの技術への評価を示す一つの材料といえます。
事業概要
Polybeeは、施設園芸(温室・グラスハウス)と露地栽培の生産者に向けて、自律ドローンとコンピュータビジョン(画像認識AI)を組み合わせた「フィジカルAIエージェント」を提供しています。同社が掲げるのは「可視化とコントロールによって青果生産の利益を増やす」というミッションです。提供する機能は大きく3つに整理できます。
- 自律受粉:自己充電型のマイクロドローンが温室内を飛行し、トマトやいちごなどの自家受粉性作物の花を非接触で受粉させる
- 収量予測(収穫適期予測):ドローンが作物の品質・熟度・健康状態を撮影・解析し、7〜10日先の収穫タイミングをAIで予測する
- 統合ダッシュボード:スキャン・予測・受粉の各オペレーションを一元管理し、圃場データから意思決定までをつなぐ
ドローンは自己離着陸・自己充電に対応し、人が触れる作業(ユーザータッチポイント)を極力なくす設計です。対象作物は、温室ではトマト・いちご・ブルーベリー、露地ではほうれん草・ブロッコリーなどで、すでに商用段階に入っています。
独自の受粉技術
Polybeeの受粉技術の核心は、特許を取得した気流制御にあります。ドローンのプロペラが生み出す下降気流(ダウンウォッシュ)の乱流を利用し、ちょうどマルハナバチが行うのと同じように、花を適切な周波数で振動させて受粉を促します。同社は乱気流と花との間の流体構造相互作用(fluid-structure interaction)を研究し、花粉の放出には気流の特定の条件が決定的に重要であることを突き止めたとしています。物理的にハチがやっていた「振動による受粉」を、接触せずに気流で再現するという発想です。
課題と解決策
施設園芸における受粉と収量管理には、長年解決されてこなかった構造的な課題があります。Polybeeはこの両面にアプローチしています。
受粉の課題
トマトやいちごのような自家受粉性の果菜類でも、安定した着果を得るには花を振動させる物理的な受粉が必要です。施設園芸では、これを購入したマルハナバチ(コロニー)に頼るのが一般的でした。しかしハチによる受粉には、コロニーの購入・管理コスト、活動が天候や時期に左右される不安定さ、外来種としての生態系への懸念、そして近年世界的に問題となっている送粉者(ポリネーター)の減少といった課題が付きまといます。ハチの活動が鈍るシーズンの端境期は、果実の単価が高くなる時期と重なることも多く、ここで着果率が落ちると収益機会を逃します。
Polybeeのドローン受粉は、ハチへの依存をなくし、必要なときに必要な区画を狙って受粉できる点が従来手法との違いです。同社によれば、自律受粉によって温室作物で最大15%の増収が得られ、作物・品種・地域によっておおむね5〜10%の増収効果があるとしています。
収量予測の課題
収穫量と収穫適期の見極めは、依然として熟練者の目視と経験に依存しがちで、属人的になりやすい領域です。予測が外れれば、収穫労働力の配置や物流の手配、出荷契約のコミットにずれが生じ、過熟・未熟による品質低下や機会損失につながります。
Polybeeはドローンが取得した画像をAIで解析し、7〜10日先の収穫準備状況を予測します。これにより生産者は、物流計画を立て、出荷契約を事前に固め、データにもとづいて自信を持って収穫タイミングを決められるようになります。同社は、ベビーリーフほうれん草やブロッコリーの露地栽培で、収穫タイミングの最適化と早期のストレス検知(不調の兆候の発見)によって利益が3倍に改善した事例を示しています。
ビジネスモデル
Polybeeはドローンを生産者に販売(売り切り)するのではなく、ヘクタール単位の固定料金を課金するサービス型のモデルを採用しています。生産者はドローンを初期費用で買い取る必要がなく、ハードウェア、ソフトウェアのサブスクリプション、現地でのフィールドサポートまでを含むエンドツーエンドのソリューションとして利用します。
このモデルにより、生産者は高額な機材投資のリスクを負わずに導入でき、Polybee側は継続的な収益と、運用データの蓄積による予測精度の向上という好循環を得られます。同社は、同一作期内(same crop cycle)で投資に対して少なくとも3〜5倍のリターンが見込めると訴求しており、導入時にはまず圃場の10〜20%程度の区画でパイロット運用を行ってから全面展開へ広げる進め方をとっています。「すぐに回収できる、確実なROI(immediate, bankable ROI)」を前面に打ち出している点が特徴です。
技術面では、ドローン基盤でDJI Enterpriseと、流通・販売網でBayer Crop Science(バイエル・クロップサイエンス)と連携しているとされ、自社で機体製造から販売チャネルまでをすべて抱えるのではなく、既存の大手プレイヤーのインフラを活用してスケールを図る構えです。
今後の計画
Polybeeはすでに複数の商用契約を獲得しています。オーストラリア最大級のグラスハウス生産者、米国の大手青果生産者、英国で2番目に大きい温室ベリー生産者などが顧客に名を連ねており、Perfection FreshやFruitistといった生産者名も挙げられています。
調達した資金は事業のスケールに充てられ、2026年には対応面積を5倍に拡大し、4,000エーカー(約1,600ヘクタール)超まで広げる計画です。受粉と収量予測という、施設園芸の収益に直結する2つの領域で実績を積み上げながら、地域と作物の両面で展開を広げていく方針とみられます。
コメント
ドローンによる受粉という発想自体は新しいものではなく、世界では複数のスタートアップや研究機関がロボット受粉に取り組んでいます。そのなかでPolybeeが特徴的なのは、受粉だけでなく収量予測・ストレス検知までを同じドローンプラットフォームに載せ、「利益の改善」という生産者にとって最も分かりやすい指標で価値を示している点です。機体を売るのではなくヘクタール課金のサービスとして提供し、同一作期内でのROIを訴求する設計は、新技術の導入に慎重な生産者にとって心理的なハードルを下げる工夫といえます。
日本の施設園芸に引きつけて考えると、示唆は小さくありません。日本でもトマトやいちごの施設栽培ではマルハナバチによる受粉が広く使われており、コロニーのコストや管理の手間、外来種であるセイヨウオオマルハナバチをめぐる生態系への配慮(特定外来生物としての規制)は現場の悩みどころです。気流による非接触受粉が国内の品種・栽培環境でも同等の着果率を実現できるのか、また高温多湿で機器に厳しい日本の夏の温室環境で自律飛行が安定するのかは、実証を通じて確かめるべき論点でしょう。
収量予測についても、労働力不足が深刻化する日本の生産現場では、収穫適期を7〜10日先まで見通せることの価値は大きいはずです。人手の配置や出荷計画を前倒しで組めれば、限られた労働力をより効率的に使えます。一方で、Polybeeが掲げる「最大15%増収」「3〜5倍ROI」といった数字は、いずれも海外の特定の作物・品種・地域での実績にもとづくもので、国内の栽培体系にそのまま当てはまるとは限りません。導入を検討する際は、自社の作物・規模・既存の受粉手法との比較のうえで、まずは一部区画でのパイロットから費用対効果を見極めるのが現実的なアプローチといえます。Polybeeのような「物理的に働くAI」が施設園芸の標準装備になるのか、今後の展開を注視したいところです。
参考URL
- Polybee 公式サイト https://polybee.co/
- Polybee scales physical AI agents for “immediate, bankable ROI” in specialty crops(AgFunderNews) https://agfundernews.com/polybee-scales-physical-ai-agents-for-immediate-bankable-roi-in-specialty-crops
- Polybee raises $4.3m to automate yield forecasting and pollination with physical AI agents(AgFunderNews) https://agfundernews.com/polybee-raises-4-3m-to-automate-yield-forecasting-and-pollination-with-physical-ai-agents
- Polybee – Crunchbase Company Profile & Funding https://www.crunchbase.com/organization/polybee