会社基本情報
- 会社名:Nofence AS
- 所在地:ノルウェー・バトンフヨルドソーラ
- 設立:2011年
- 創業者:Oscar Hovde(ヤギ農家。1990年代から仮想フェンスの構想を温めていた)
- CEO:Joachim Kahler
- 従業員数:100名以上(6カ国、24の国籍)
- 累計調達額:5,330万ドル(Series Bまで)
- 導入実績:200,000台以上のカラー(首輪)を展開、7,000以上の農場で使用(2026年2月時点)
- 展開国:ノルウェー、英国、アイルランド、スペイン、米国、スウェーデン
- 公式サイト:https://www.nofence.no/
創業者のOscar Hovde氏はノルウェーの山岳地帯でヤギを飼育する農家で、急峻な地形に物理的な柵を設置する困難さから、1990年代にGPSを活用した仮想フェンスの構想を着想しました。2011年に会社を設立し、2016年に850頭のヤギによるパイロットプロジェクトを経て、2017年にノルウェー食品安全局から世界初の仮想フェンスの商用承認を取得しました。
事業概要
Nofenceは、GPSカラー(首輪型デバイス)を使って物理的な柵なしで家畜の放牧エリアを管理する「仮想フェンス」技術を提供しています。日本の畜産でも電気柵の設置・維持は大きな負担ですが、Nofenceは柵そのものを不要にするアプローチを取っています。
農家はスマートフォンアプリで地図上に仮想的な境界線を描くだけで、数秒で放牧エリアを設定・変更できます。対応する家畜は牛、羊、ヤギの3種で、複数種に対応しているのはNofenceだけです。
プロダクト構成
GPSカラー(首輪型デバイス)
ソーラー充電式のGPSカラーで、牛用と羊・ヤギ用の2サイズがあります。セルラー通信(2G/4G)とBluetooth Low Energyを内蔵し、基地局が不要です。バッテリー寿命は牛用カラーで6〜12ヶ月、小型反芻動物用で3〜9ヶ月です。
境界管理の仕組みは以下の通りです。
- 家畜が境界線に近づくと、段階的に音声警告が鳴る。音声はピアノの20音のように低い音から高い音へ段階的に変化し、家畜に直感的に危険を伝える仕組みになっている
- 音声を無視して境界を越えた場合にのみ、約3,000ボルトの軽い電気パルスが発生する。従来の電気柵(約10,000ボルト)の3分の1以下の強度で、米国の導入農家も安全性を実証している
- トレーニング期間は5〜10日間で、各個体が約20回の成功体験(音で引き返す)を積む
- 学習後は境界接近の96%が音声だけで解決され、電気パルスは不要になる
- 全体の封じ込め成功率は99.3%に達する
HerdNet(2025年9月リリース)
HerdNetはカラー同士がBluetooth Low Energyで通信する独自技術です。群れの中で1頭でもセルラー通信圏内にいれば、そのカラーがハブとなって他のカラーにデータを中継します。通信範囲は約50〜90メートルで、2.5世代カラーに標準搭載されています。山岳地帯や通信環境の悪い牧草地でも安定した動作を実現し、放牧地の移動時に群れが分断されるリスクも軽減します。
スマートフォンアプリ
地図上で仮想境界を描画・移動できるアプリです。境界の変更は数秒で完了し、精密なローテーショナルグレージング(輪換放牧)を容易にします。プラットフォーム全体で7億時間以上の放牧データが蓄積されており、今後のAIによる放牧最適化や家畜健康管理への活用が計画されています。
どういう課題をどう解決しているか
物理的な柵が抱える課題
物理的な柵の設置コストは1マイル(約1.6km)あたり7,000〜10,000ドルで、米国西部では62万マイル以上の柵の維持費が1マイルあたり20,000ドルを超えます。日本でも電気柵や鹿ネットの設置・修繕は中山間地域の畜産農家にとって大きな負担です。
さらに物理的な柵には以下の問題があります。
- 山岳地帯や急斜面では設置自体が困難
- 野生動物の移動を阻害し、生態系に影響を与える
- 設置・修繕に多大な労力と時間が必要
- 放牧区画の変更が容易でなく、精密な輪換放牧が難しい
- 家畜が柵に追い詰められて捕食者から逃げられないリスク
なぜNofenceは従来の仮想フェンス企業より成功しているのか
仮想フェンス技術はNofence以外にも複数の企業が開発していますが、Nofenceが市場をリードしている背景にはいくつかの構造的な差があります。
基地局が不要:競合のVence(Merck Animal Health傘下)は1台約10,000ドルの専用基地局が必要で、Gallagher eShepherdも5,000〜10,000ドルのLoRa基地局を設置する必要があります。Nofenceはセルラー通信とHerdNet(カラー間通信)を組み合わせることで、追加インフラなしで動作します。これにより初期導入コストが大幅に下がり、広大な牧草地でも即座に利用を開始できます。
唯一の複数種対応:Nofenceは牛、羊、ヤギの3種に対応する唯一のベンダーです。競合のVenceとGallagherは牛のみ、Halterも牛(特に酪農)に特化しています。ヤギや羊を飼育する農家にとってNofenceは唯一の選択肢です。
10年以上の先行者優位:2011年創業で、ほとんどの競合より約10年先行しています。この間に蓄積された7億時間以上の放牧データは、AIによる放牧最適化や家畜健康モニタリングの開発基盤となる重要な資産です。投資家のSpeedinvestはこれを「データモート(競合参入障壁としてのデータ資産)」と評価しています。
動物福祉の科学的エビデンス:2022年のスウェーデンの研究(研究者Lotten Valund)では、「仮想フェンスを使用した家畜のコルチゾール(ストレスホルモン)レベルは、物理的な電気柵と比較して上昇が見られなかった」ことが報告されています。糞便および毛髪中のコルチゾール値は従来の電気柵と同等でした。
導入実績
- 2026年2月時点で200,000台以上のカラーを展開(2025年9月の150,000台から約5ヶ月で33%増加)
- 7,000以上の農場で使用
- 6カ国で商用展開(ノルウェー、英国、アイルランド、スペイン、米国、スウェーデン)
- Series AからSeries Bまでに売上は20倍に成長
米国導入事例:Mud Ridge Ranch
米国アイオワ州レッドオーク在住の畜産農家Matt Vermeersch氏(31歳)は、約50頭の牛にNofenceのカラーを導入しています。同氏はNofenceを「完全なゲームチェンジャー」と評価し、以下の成果を報告しています。
- 放牧シーズンが2ヶ月延長:仮想フェンスにより柵の設置・撤去に縛られず、柔軟に放牧エリアを管理できるようになった
- 時間の大幅な節約:物理的な柵の設置・点検・修繕が不要になり、家族との時間が増えた
- 遠隔管理:「数千マイル離れた場所からでも牛を移動させられる」とスマートフォンアプリの利便性を強調
- 急斜面での活用:物理柵の設置が困難な急傾斜地でも問題なく利用できる
同氏は導入後の手応えから現在はNofenceのセールススペシャリストとして活動しており、「時間の節約は計り知れない」と語っています(出典:The Land Online, 2026年)。
料金体系
- 牛用カラー:329ドル(購入)
- 羊・ヤギ用カラー:229ドル(購入)
- 月額サブスクリプション(49台以下):年間56ドル/台(初年度)
- 月額サブスクリプション(50台以上):年間42ドル/台(初年度)
- カラーの想定寿命:5年
カラー購入費とサブスクリプションを合わせると、実質的なコストは1頭あたり年間約70ドルです。米国アイオワ州の畜産農家Matt Vermeersch氏は「携帯電話を購入して月額サービスを契約するようなものだ」とThe Land紙のインタビューで語っています。また、米国では環境品質改善プログラム(EQIP)や保全管理プログラム(CSP)を通じた導入費用の補助が利用できます。
物理的な柵のコスト(1マイルあたり7,000〜10,000ドル+維持費)と比較すると、100頭以上の群れで経済的メリットが出る計算で、Speedinvestは「農家は年間数千ユーロの節約が可能」と試算しています。
ビジネスモデル
Nofenceはハードウェア販売+サブスクリプションのモデルです。カラーの初期購入費に加え、継続的な月額課金で収益を得ます。推定年間売上は約690万ドル(2022年時点で614万ドル)です。
資金調達の経緯は以下の通りです。
- 2020年12月:Series A 345万ドル(Momentum Partners、Wiski Capital)
- 2025年7月:Series B 3,542万ドル(ECBF主導、Capagro、Nysno Climate Investments、Climate Innovation Capital、Speedinvest参加)
- 累計調達額:約5,330万ドル
Series Bは応募超過となり、2025年のヨーロッパAgTech最大の資金調達ラウンドと評されました。Series B主導のECBFパートナーIsabelle Laurencin氏は「この投資は、効率的で気候に優しい家畜管理という緊急の農業ニーズに応えるものだ」とコメントしています。
競合との比較
仮想フェンス市場には2025年時点で主に4社が存在します。
Nofence vs Vence(Merck Animal Health):Venceは2022年にメルク・アニマルヘルスに買収された米国の仮想フェンス企業ですが、牛にしか対応しておらず、約10,000ドルの専用基地局が必要です。大手製薬企業のバックアップはありますが、導入のハードルは高くなります。
Nofence vs Halter(ニュージーランド):Halterは2025年にSeries Dで1億6,500万ドルを調達し、評価額16.5億ドルのユニコーン企業です。ただし酪農の牛に特化しており、羊やヤギには対応していません。ニュージーランド市場が中心です。
Nofence vs Gallagher eShepherd:Gallagherのeシェパードはカラーの想定寿命10年(Nofenceの2倍)と買い切りモデルが特徴ですが、LoRa基地局(5,000〜10,000ドル)が必要で、こちらも牛のみの対応です。
Nofenceの優位性は、基地局不要、唯一の複数種対応、10年以上のデータ蓄積の3点に集約されます。
今後の計画
Series Bの資金を活用し、以下の展開を計画しています。
- 米国市場の本格拡大(48州で販売中)
- 欧州でのさらなる市場拡大(デンマークの合法化に向けた働きかけ)
- 2026年に採用したCPTO Jeffrey Glasson氏の下、プラットフォームを群れのモニタリング、家畜の健康分析、AI支援の放牧最適化へ進化
- 7億時間以上の放牧データを活用した新サービスの開発
コメント
Nofenceの最大の強みは、仮想フェンス技術そのものよりも「基地局なしで即座に使える」という導入のしやすさにあります。競合のVenceやGallagherが数千〜数万ドルの基地局を前提とする中、Nofenceはカラーを家畜に付けるだけで利用を開始できます。これはPepperの「買い手に変化を強いないOrder Agent」と同じ構造で、導入障壁の低さが普及の鍵になっています。
また、BeeHeroがIoTセンサーでミツバチの行動データを蓄積して精密受粉を実現したように、Nofenceも7億時間の放牧データという「データモート」を構築しています。ハードウェア企業に見えて、本質的にはデータプラットフォーム企業への転換を目指しているところが興味深い動きです。
仮想フェンス市場全体では、Halterがユニコーン評価(16.5億ドル)を獲得しており、市場の成長ポテンシャルは明確です。グローバルの3D仮想フェンス市場は2023年の8億655万ドルから2030年に23.4億ドルへ成長が予測されています(CAGR 16.4%)。
参考URL
- Nofence 公式サイト
- Nofence Series B $35M – PR Newswire
- Nofence plots US, European expansion – AgFunder News
- Nofence and the Future of Farming – Speedinvest
- Nofence tops 200,000 collars – AgTech Navigator
- Virtual fencing legalization in Europe – Euronews
- Animal welfare and virtual fencing – Innovation News Network
- Virtual Fencing in Practice – Modern Farmer