世界最大級の農業化学企業Syngenta(シンジェンタ)が開発・提供するデジタル農業プラットフォーム「Cropwise(クロップワイズ)」は、AI・衛星画像・気象データを統合し、世界30カ国以上・7,000万ヘクタール以上の農地で活用されています。2025年にはサードパーティ開発者にプラットフォームを開放し、2026年にはインドで200万人以上の農家に生成AIチャットボットを提供するなど、デジタル農業の民主化を強力に推進しています。
会社基本情報
| 会社名 | Syngenta Group(シンジェンタ・グループ) |
| 本社所在地 | スイス・バーゼル(登記上は中国・上海) |
| 設立 | 2000年(Novartis Agribusiness + Zeneca Agrochemicalsの合併) |
| CEO | Jeff Rowe |
| 従業員数 | 56,000人以上(90カ国以上) |
| 親会社 | Sinochem / ChemChina(中国中化集団) |
| Cropwise開始 | 2020年 |
| Cropwise対応面積 | 7,000万ヘクタール以上(30カ国以上) |
| 公式サイト | https://www.cropwise.com/ |
事業概要:Cropwiseプラットフォーム

Cropwiseは、Syngentaが農業のデジタル変革を推進するために構築した統合型デジタルプラットフォームです。GPS・衛星画像・気象データ・AIを組み合わせ、農業生産者がデータに基づいた意思決定を行えるよう支援しています。プラットフォームは複数のソリューションで構成されており、主要なものは以下の通りです。
Cropwise Operations(クロップワイズ・オペレーションズ)
農場の日常業務を管理する圃場管理ツールです。衛星画像によるNDVI(植生指数)モニタリング、作業記録の管理、収穫量の追跡などを統合的に行えます。リモートセンシングデータとAIを活用した病害虫・雑草のスカウティング(探索)機能も備えています。
Cropwise Spray Assist(スプレー・アシスト)
農薬散布の最適化を支援するツールです。主な機能は以下の通りです。
- 7日間のローカル気象予測と時間別の詳細ブレイクダウンにより、最適な散布タイミングを提案
- 気象条件に基づいて、水量・走行速度・ノズル選択・散布圧力の推奨設定を自動計算
- 散布作業の計画・管理と、レポート用の散布記録の自動生成
Cropwise Seed Selector(シード・セレクター)
農家の圃場条件に最適な品種を選定するためのツールです。土壌タイプ、気候条件、過去の収量データなどを分析し、AIが品種の推奨を行います。
Cropwise Sustainability(サステナビリティ)
農場の環境負荷を測定・管理するためのツールです。Cool Farm Tool(国際的に認知された炭素定量化ツール)と統合されており、農場での温室効果ガス排出量の推定が可能です。水資源への影響や生物多様性など6つの指標でサステナビリティの進捗を追跡でき、モバイルアプリとして無料でダウンロードできます。
課題と解決策
農業のデジタルデバイド
世界の農業が直面する大きな課題の一つが「デジタルデバイド(技術格差)」です。先進国の大規模農家はデジタルツールやAIの恩恵を受けやすい一方、途上国の小規模農家はスマートフォンやインターネット環境へのアクセス自体が限られ、精密農業の技術からほぼ排除されてきました。
さらに、農業デジタルツールの多くは英語ベースで設計されており、非英語圏の農家にとっては言語の壁が技術導入を阻む要因となっていました。
Cropwiseの解決策:生成AIチャットボット
Syngentaは2024年にCropwise Growerアプリに生成AI(GenAI)チャットボットを統合しました。この機能は特に途上国の小規模農家に大きな影響を与えています。
- 多言語音声対応: 高度な自然言語処理(NLP)と音声認識により、ヒンディー語やタミル語などのインドの地方言語を含む多言語に対応。農家は音声でもテキストでも相談できます
- 画像診断: 病害のある植物の写真を撮影するだけで、AIが即座に分析・診断し、推奨対処法を提示。診断精度は95%に達しています
- 24時間365日対応: 従来はコストのかかる現地訪問やコールセンターが必要だった農学的アドバイスを、24時間いつでも無料で提供
- インドで200万人以上が利用: 2026年時点でインドを中心にアフリカ、中東、アジアの200万人以上の農家がこのチャットボットを利用しています
このCropwise Growerアプリは、2025年のGenAI Zürich Awardを受賞しており、農業分野における生成AI活用の先駆的な事例として評価されています。
ビジネスモデル
Cropwiseのビジネスモデルには複数の側面があります。
- Syngentaのエコシステム強化: CropwiseはSyngentaの種子・農薬・肥料といったコア事業との相乗効果を生んでいます。プラットフォーム上でのAI推奨はSyngenta製品の適切な使用を促進し、製品販売につながるエコシステムを構築しています
- オープンプラットフォーム戦略: 2025年11月にCropwiseのAPIをサードパーティ開発者に開放。外部の農業テック企業やスタートアップが、Cropwiseの農学モデルやデータ基盤を活用した新しいアプリケーションを開発できるようになりました。これにより、プラットフォームの価値がSyngenta単独の開発力を超えて拡大していく仕組みです
- サステナビリティデータの価値化: Cropwise Sustainabilityを通じた炭素排出量の計測は、カーボンクレジット市場やサステナブル調達の認証と結びつく可能性があります
今後の計画
Syngentaは2026年1月の世界経済フォーラム(WEF)で、CropwiseのAI戦略に関する今後の展望を発表しています。
- 病害虫発生予測AI: リアルタイムの病害虫スカウティングデータと高度なリスクモデリング、地理空間AIを組み合わせた「予測インテリジェンスシステム」を一部市場で展開予定。病害虫の発生確率と地理的拡散を予測し、農家が被害を受ける前に予防的措置を取れるようにします
- 開発者エコシステムの拡大: オープンプラットフォーム化により、世界中の開発者コミュニティからの農業イノベーションの加速を目指しています
- サステナビリティ分析の統合強化: 農業実践の環境影響を定量化し、カーボンフットプリント削減のための具体的提案を行う分析機能の強化を予定
コメント
Cropwiseの最大の強みは、Syngentaという世界最大級の農業企業が持つ膨大な農学データと、7,000万ヘクタール以上のリアルワールドデータの蓄積にあります。多くの農業テックスタートアップがデータの量と質に苦戦する中、Syngentaはすでに世界中の農場から得られる圃場データ、品種データ、農薬効果データを保有しており、AIモデルの精度向上に大きなアドバンテージを持っています。
特に注目すべきは、2025年のオープンプラットフォーム化です。農業デジタル分野ではJohn DeereのOperations Centerや、BASF(旧Xarvio)のDigital Farming、Bayer/Climate Corporationなど大手が独自プラットフォームを展開していますが、APIを開放してサードパーティ開発者にエコシステムを開いたのはSyngentaが先駆的です。これはスマートフォンにおけるApp Storeのような役割を農業デジタルで果たす可能性があります。
一方で、親会社がChemChina(中国中化集団)であることから、農業データの取り扱いに関する国際的な議論も今後注視が必要です。特に欧米市場では農業データの主権に対する関心が高まっており、この点がCropwiseの普及に影響を与える可能性もあります。
日本においても、営農管理アプリの市場は拡大しており、Cropwiseのような統合型プラットフォームの動向は国内の農業DXの方向性を考える上で参考になるでしょう。
参考URL
- Cropwise 公式サイト
- Syngenta — Digital Farming: the Cropwise Solutions
- Syngenta Group — Syngenta to Address Global Agricultural Challenges at WEF (2026)
- BusinessWire — Syngenta Opens Cropwise Digital Platform to Developers (2025)
- Syngenta Group — Syngenta Group adds GenAI to Cropwise (2024)
- GenAI Zürich Award 2025 — Cropwise Grower
- Syngenta Thrive — Cropwise Sustainability Enhances Operation Efficiency
- Wikipedia — Syngenta