トリコデルマ(Trichoderma)は、世界中の土壌に自然に存在する糸状菌(カビの一種)で、植物の根圏に住み着いて植物の成長を助ける有益微生物として農業での利用が急速に広がっています。
バイオスティミュラントの中でも微生物系の代表格として位置づけられ、欧州や北米では数十年の研究蓄積があります。単に土壌病害を抑えるだけでなく、根系の発達促進・養分吸収の向上・植物の耐ストレス性向上まで、多面的な効果を持つのが特徴です。
バイオスティミュラントシリーズ(バイオスティミュラント完全比較ガイド)のA-4では、トリコデルマの科学的根拠・主要製品・実践的な使い方を網羅的に解説します。
トリコデルマ(Trichoderma)とは
トリコデルマは担子菌ではなく子嚢菌門(アスコマイセタ)に属する好気性の糸状菌です。腐植が豊富な農地土壌のほぼどこにでも生息しており、特に根圏(根の周囲数mm以内)で高い密度で活動します。
農業で利用される主な種と特徴は以下のとおりです。
- T. harzianum(ハルジアナム): 最も研究が進んだ主力種。土壌病害防除と生育促進の両面で効果が確認されており、世界市場で最も広く商品化されている
- T. asperellum(アスペレルム): 根の発育促進・誘導抵抗性が強み。水耕栽培や施設園芸での有効性が近年注目されている
- T. atroviride(アトロウィリデ): 根圏定着能力が高く、低温環境でも活性を維持する特性がある
- T. virens(ウィレンス): フザリウムに対する防除効果に優れる。BioWorks RootShield PLUSに採用
作用メカニズム
トリコデルマの農業利用が注目されるのは、単一ではなく複数の経路で植物に働きかけるためです。主な作用機序は5つあります。
マイコパラシチズム(菌類の重寄生)
トリコデルマはピシウム・フザリウム・リゾクトニア・スクレロチニアなどの病原性糸状菌の菌糸に巻き付き、細胞壁を分解するキチナーゼ・グルカナーゼを分泌して菌糸を破壊します。「菌類が菌類を食べる」このマイコパラシチズム(重寄生)が最も直接的な病害防除メカニズムです。
競合的排除
根圏でいち早く有機物を消費・定着することで、病原菌が増殖できる場所と栄養源を奪います。根の表面を覆うように広がる速さが病原菌より格段に速いため、先手を打つことができます。
誘導抵抗性(ISR)の活性化
トリコデルマが分泌するエリシター(Sm1タンパク質・木質素関連酵素など)が、植物体内のジャスモン酸(JA)・サリチル酸(SA)シグナル経路を活性化し、植物自身の免疫系を強化します(Frontiers in Microbiology, 2023)。接種部位から離れた葉や茎でも病害抵抗性が高まる全身誘導抵抗性として機能します。
根の発育と養分吸収の促進
オーキシン様物質やインドール酢酸(IAA)を産生し、細根・根毛の形成を促進します。リン酸の可溶化能力も持ち、土壌中に固定されているリンを植物が吸収しやすい形に変換します。これにより化学肥料の施用量を削減しながら同等の養分供給が可能になります。
抗菌物質・揮発性物質の産生
ハルジアン酸(harzianic acid)・ウィリジオール(viridin)などの抗菌物質を産生し、根圏環境全体を病原菌が定着しにくい状態に維持します。揮発性有機物(VOC)も植物の生育を刺激する作用があることが明らかになっています。
科学的エビデンス
タマネギで27〜34%の収量増加(Frontiers, 2024)
T. longibrachiatumとT. asperellumを処理したタマネギ栽培の圃場試験では、収量が30.55〜32.24 t/haに達し、無処理対照区(24.08 t/ha)と比較して27〜34%の有意な増収を記録しました(Frontiers in Sustainable Food Systems, 2024)。
水耕ホウレンソウで根長+39.6%・鮮重+23.5%(MDPI, 2025)
水耕栽培ホウレンソウでのT. asperellum処理試験では、草丈+23.1%・根長+39.6%・葉面積+22.0%・鮮重バイオマス+23.5%という複合的な生育改善が確認されました(MDPI Life, 2025)。施設園芸や植物工場との高い親和性を示す結果です。
干ばつ耐性を向上(MDPI Agriculture, 2024)
乾燥ストレス下のトウモロコシとひまわりに葉面散布した試験では、有効葉数が最大6.7%増加し、クロロフィル含量(SPAD指数)が最大19.1%向上しました(MDPI Agriculture, 2024)。気候変動による夏季高温・乾燥ストレスへの対策資材としての可能性を示しています。
病害防除と生育促進の統合的評価(PMC, 2022)
PMC(2022)の総説では、商業化されたトリコデルマ製品が世界で77種類以上に達しており、ピシウム・フザリウム・リゾクトニアなどの主要土壌病原菌に対して一貫した防除効果を示すと整理されています(PMC 2022, International Journal of Molecular Sciences)。
バイオスティミュラント圃場試験メタアナリシス(Frontiers, 2022)
Frontiers in Plant Science(2022)のバイオスティミュラント圃場試験メタアナリシスでは、微生物系バイオスティミュラント(トリコデルマを含む)が平均15〜20%の収量改善効果を示すことが報告されています(Frontiers in Plant Science, 2022)。菌根菌と並ぶ代表的な微生物バイオスティミュラントとして位置づけられています。
主要製品・メーカー
Koppert Biological Systems(オランダ)— Trianum-P / Trianum-G

世界最大の生物的防除資材メーカーの代表製品。T. harzianum T-22株を有効成分とし、水和剤(Trianum-P)と微粒剤(Trianum-G)の2形態で展開されています。ピシウム・フザリウム・リゾクトニア・スクレロチニアを対象に、トマト・キュウリ・レタス・タマネギ・ニンジン・ジャガイモ・イチゴなど幅広い作物で利用されています。40°C以上の高温条件でも活性を維持する試験結果が報告されており、夏季施設栽培でも安定した効果が期待できます。
BioWorks(米国)— RootShield PLUS WP / Granules
T. harzianum T-22とT. virens G-41の2株を組み合わせた製品です。OMRI(有機農業向け資材認証)取得済みで、ピシウム・フィトフトラ・リゾクトニア・フザリウム・チラビオプシス・シリンドロクラジウムの6種類の病原菌に対して3ヶ月間の予防効果が持続します。水和剤(WP)は1lb・3lb・30lb、粒剤(Granules)は10lb〜500lbまでの業務用サイズが揃っています。常温での保存期間は6ヶ月(冷蔵9ヶ月、冷凍12ヶ月)です。
その他の主要メーカー
- Certis Biologicals / Lallemand Plant Care: 欧州市場向けにT. atroviride・T. asperellumを活用した製品群を展開。施設園芸向けを中心に日本への輸入事例もあります
- Syngenta Biologicals: 大手農薬メーカーが生物農薬部門を強化しており、トリコデルマ含有製品のラインナップを拡充中
使い方・施用方法
効果を最大化するには植え付けと同時の施用が基本です。苗の定植時や播種時に根部に直接接触させることで、根圏への早期定着を促せます。Koppertの推奨では「できる限り早く、播種か定植のタイミングで施用を始める」とされています。
施用のタイミングと方法:
- 播種時: 種子へのコーティング処理(プライミング)
- 育苗時: 培養土・ポットへの混和(粒剤タイプ)
- 定植時: 根部への直接散布・かん水ドリップ灌漑
- 栽培中: 3〜4週間おきのかん水での追加施用
注意事項:
- 化学殺菌剤との同時施用は避ける(菌活性が低下する恐れがあります)
- pH 4〜8の範囲で活性。極端なpHの土壌では事前調整を推奨します
- UV光への直接暴露は避ける(葉面散布は夕方か曇天時)
- 農薬との適合性(コンパティビリティ)はKoppert公式の適合性ツールで事前確認できます
コスト対効果
トリコデルマ資材の主なコストはha当たり数千〜2万円程度です。化学殺菌剤の代替・補完として導入した場合のROIを試算すると以下のようになります。
試算例(タマネギ1ha):
- トリコデルマ資材コスト: 約8,000〜15,000円/ha
- 期待収量増加(+20〜30%): 約2 t/ha相当
- 農家手取り価値(タマネギ100円/kg想定): +20万円/ha
- ROI: 約13〜25倍
施設園芸(トマト・キュウリ)での活用では、化学殺菌剤(フザリウム対策)の使用回数を削減することで農薬コストの節約効果も加算できます。RootShield PLUSのように3ヶ月持続効果がある製品は、施用コストが分散しやすい利点があります。有機農業・減農薬栽培への移行コストを低減する手段としても有効です。
選び方のポイント
1. 目的で使い分ける
- 土壌病害防除が主な目的 → T. harzianum系(Trianum-P / RootShield PLUS)
- 根の発育・生育促進が主目的 → T. asperellum系製品
- 複合的な病害防除 → T. harzianum + T. virens 混合製品(RootShield PLUS)
2. 剤型を栽培方式に合わせる
- 水耕・養液栽培・ドリップ灌漑 → 水和剤(WP・液剤)
- 露地・定植穴への直接施用 → 粒剤(Granules)
- 種子処理 → 専用コーティング製品
3. 化学農薬との併用計画を事前に立てる
トリコデルマは活きた生物製剤です。化学殺菌剤の散布スケジュールと施用間隔を3〜5日以上確保するよう計画します。Koppert公式の適合性確認ツールを活用すると安心です。
4. 有機JAS適合の確認
有機農業での使用を想定する場合は、OMRI認証や日本での有機JAS適合確認が必要です。輸入品は代理店・販売業者に適合状況を確認しましょう。
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参考URL
- Koppert Trianum-P製品ページ
- BioWorks RootShield製品ページ
- Frontiers in Sustainable Food Systems: Trichodermaのタマネギ収量試験(2024)
- MDPI Life: T. asperellumの水耕ホウレンソウへの効果(2025)
- MDPI Agriculture: 乾燥ストレス下でのTrichoderma葉面散布(2024)
- Frontiers in Microbiology: Trichodermaの病害防除と生物的防除(2023)
- PMC: Trichodermaの農業利用現状(2022)
- Frontiers in Plant Science: バイオスティミュラント収量効果メタアナリシス(2022)