NETAFIM:砂漠のキブツから世界110カ国へ、点滴灌漑を発明した農業用水革命のパイオニア

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出典:NETAFIM

NETAFIM(ネタフィム)は、1965年にイスラエルのネゲブ砂漠にあるキブツ・ハツェリムで設立された、点滴灌漑(ドリップイリゲーション)の発明企業です。水資源が極めて限られた砂漠の地で生まれたこの技術は、世界110カ国以上の農業を変革し、現在も精密灌漑のグローバルリーダーとして年間売上高約10億ドルを誇ります。

本記事では、NETAFIMの創業ストーリーから最新のデジタル農業プラットフォームまで、この企業の全貌を解説します。

会社基本情報

  • 会社名: Netafim Ltd.
  • 本社所在地: イスラエル テルアビブ・ヤフォ 10 Derech HaShalom
  • 設立: 1965年8月10日
  • 創業者: Simcha Blass(シムハ・ブラス)、キブツ・ハツェリム
  • 従業員数: 約4,500名
  • 製造拠点: 世界19工場、リサイクル工場2カ所
  • 子会社: 33社
  • 展開国: 110カ国以上
  • 親会社: Orbia(旧Mexichem、メキシコ)が80%、キブツ・ハツェリムが20%を保有
  • 2024年売上高: 約10.38億米ドル

NETAFIMの創業ストーリーは、砂漠の偶然の発見から始まります。1930年代、ポーランド出身の水利エンジニアであったSimcha Blass(シムハ・ブラス)は、ある農家から「水がないのに大きく育っている木がある」という話を聞きました。調べてみると、水道管の接合部からわずかに漏れた水が地表にごく小さな湿り気を作りながら、地中では玉ねぎ型に広がる水分域を形成し、その木の根だけに水を届けていたのです。

ブラスはイスラエルの国営水道会社メコロットの共同設立者でもあり、ネゲブ砂漠への水インフラ整備に携わった人物でした。第二次世界大戦後にプラスチック素材が普及すると、彼はこの「漏水の原理」を応用し、1960年から1965年にかけて、摩擦と水圧を利用して一定間隔で水滴を放出するエミッター(点滴装置)の開発とテストを重ねました。

1965年8月10日、ブラスとその息子イシャヤフ、そしてネゲブ砂漠のキブツ・ハツェリムが契約を締結。キブツが80%、ブラス家が20%を出資し、Netafim Irrigation Companyが設立されました。キブツ・ハツェリムは1946年に設立された農業共同体で、もともと農業だけに専念していましたが、産業の多角化を模索するなかでブラスの点滴灌漑技術と出会い、これを事業化したのです。1966年1月には商業生産が開始されました。

事業概要

NETAFIMの中核事業は「精密灌漑(Precision Irrigation)」です。水と肥料を植物の根元に直接、必要な量だけ届ける技術を通じて、世界の農業における水利用効率の向上と収量増加を実現しています。

農業は世界の淡水消費量の約70%を占めるとされており、灌漑の効率化は食料安全保障と水資源保全の両面で極めて重要な課題です。日本においても、灌漑システムの選定は営農効率に直結するテーマであり、気候変動による水資源の不安定化が進むなかで、精密灌漑への関心は高まっています。

NETAFIMは単なるハードウェアメーカーにとどまらず、デジタル技術やAIを活用した灌漑管理プラットフォームも展開しており、「灌漑のOS(オペレーティングシステム)」と呼ばれるGrowSphereをはじめ、包括的なソリューションを提供しています。

プロダクト構成

NETAFIMの製品ラインナップは、ハードウェアからデジタルプラットフォームまで幅広く構成されています。

灌漑ハードウェア

  • ドリップライン・ドリッパー: 創業以来の主力製品。灌水チューブ・点滴チューブを通じて水と養分を根元に直接供給します
  • 地中点滴灌漑(SDI): SDI-GO、SDI-Eなど、土壌の表面ではなく地中に埋設するタイプの灌漑システム。蒸発ロスをさらに削減します
  • Orion PC: 2024年に発表された世界初の薄壁型圧力補償ドリップライン。長い灌水列を少ない灌漑ブロックで運用でき、水・肥料・エネルギーのコスト削減を実現します
  • スプリンクラー灌漑: 点滴灌漑に加え、散水型の灌漑ソリューションも展開
  • フィルター・バルブ・配管: PE(ポリエチレン)パイプ、水量計、貯水タンク(NetaTank)など周辺機器

デジタル農業プラットフォーム

  • GrowSphere: 「精密灌漑のための初のOS」と位置づけられるクラウドベースのプラットフォーム。50年以上の農学データとIoT・クラウドコンピューティング・データ分析を融合し、土壌・気象・作物・灌漑システムの状態をリアルタイムで監視・制御します
  • GrowSphere Crop Advisor: 作物のライフサイクル段階に応じた灌漑推奨をアルゴリズムで提供する機能
  • Dosing 5G: AI駆動の精密施肥(ファーティゲーション)システム。水と肥料の同時供給を自動最適化します
  • NetSpeX・HydroCalc 3.0・FilterConfig: 設計支援や灌漑システムの構成最適化を行うツール群

技術パートナーシップ(2024年〜2025年)

  • Phytech: 植物センシング技術をGrowSphereに統合し、灌漑環境のより深い可視化を実現
  • Treetoscope: 先進的な植物センシングによるリアルタイム灌漑インサイトをGrowSphereに統合
  • Bayer: デジタル農業技術における協業を拡大

どういう課題をどう解決しているか

従来の灌漑手法の課題

農業灌漑には大きく分けて3つの方式があります。それぞれの水利用効率には大きな差があります。

  • 地表灌漑(畝間灌漑・湛水灌漑): 水利用効率50〜70%。水を圃場全体に流し込む最も古い方法で、蒸発・地表流出・深層浸透によるロスが大きくなります。適切に設計すれば85〜95%の効率を達成できるケースもありますが、そのような精密な設計が行われることは実際には稀です
  • スプリンクラー灌漑: 水利用効率75〜85%。散水により広範囲をカバーしますが、風による飛散や蒸発ロスがあり、葉面の濡れによる病害リスクも伴います
  • 点滴灌漑: 水利用効率90〜100%。水を植物の根元に直接、少量ずつ供給するため、蒸発・流出・深層浸透のロスが最小限に抑えられます

世界の農業用水の大部分は依然として効率の低い地表灌漑で消費されており、水不足が深刻化するなかで灌漑効率の改善は急務となっています。

なぜ点滴灌漑が革命的だったのか

点滴灌漑の革命性は、単なる「節水」にとどまりません。

水の根本的な効率化: 従来の灌漑と比較して50〜90%の節水が可能です。水をフィールド全体ではなく、各植物の根域に直接届けることで、蒸発・地表流出・深層浸透によるロスを大幅に削減します。

肥料の最適化(ファーティゲーション): 灌漑水に肥料を溶かして根元に直接供給する「ファーティゲーション」が可能です。これにより従来比で20〜50%の肥料削減が実現します。過剰施肥による環境負荷も低減できます。

収量の向上: 適切な水分と養分を適切なタイミングで供給することで、作物の生育が最適化されます。地表灌漑からの転換では一般的に30%の収量増加と25%の節水が同時に達成されるとされています。

労働力の削減: IoTセンサーやスマートコントローラーと組み合わせた最新の点滴灌漑システムでは、労働力を20〜30%削減できることが報告されています。遠隔灌水システムとの組み合わせにより、さらなる省力化が可能です。

導入実績

NETAFIMの点滴灌漑技術は、様々な作物・地域で顕著な成果を上げています。

  • アボカド: 最大30%の収量増加
  • コメ: 70%の節水を達成しながら50%の収量増加(インドでの実績)
  • ゴム: 地表灌漑と比較して46%の収量増加、乾物量49%増
  • Amazon Indiaとの協業: 120ヘクタールの圃場で地表灌漑から点滴灌漑に転換し、年間約3億2,500万リットルの節水を見込む

NETAFIMの技術が特に大きなインパクトを持つのは、もともと水資源に乏しい地域や、従来の灌漑方式で大量の水を消費していた水田稲作のような分野です。コメの点滴灌漑は、世界最大の水消費作物の栽培方法を根本的に変える可能性を秘めています。

ビジネスモデル

NETAFIMのビジネスモデルは、創業時のキブツ主導の事業から、グローバル企業グループの一員へと大きく変遷してきました。

2017年 Orbia(旧Mexichem)による買収: 2017年8月、メキシコの化学・インフラ企業Mexichem(現Orbia)がキブツ・ハツェリムから80%の株式を約15億米ドルで取得しました。企業全体の評価額は約18.7億ドルでした。この時点でNETAFIMの2016年売上高は8.55億ドルを記録していました。キブツ・ハツェリムは20%の少数株主として残留しています。Mexicemは2019年にOrbiaにリブランドし、NETAFIMはOrbiaの精密農業事業部門として位置づけられています。

売上構成: 2024年の売上高は約10.38億米ドルで、Orbia全体の売上の約13%を占める3番目に大きな事業グループです。2025年の最初の9カ月では8.16億ドル(前年同期比+5.7%)、EBITDAは1.03億ドル(前年同期比+12%)と成長を続けています。

売却検討(2025年〜): 2025年10月、OrbiaはNETAFIMの売却意向を発表しました。Orbiaの持分80%に対する希望価格は約12億ドルとされています。NETAFIMには約4億ドルの銀行債務があります。売却先として、中国最大の灌漑企業Dayu(大禹節水、売上高約7億ドル)のCEOであるHaoyu Wang氏が総額約14億ドルの評価額で交渉を進めているとされていますが、米国での規制承認が障壁となっています(NETAFIMは米国で年間約2.5億ドルの売上があるため)。Orbiaは完全撤退ではなく10〜20%の持分を維持する方針とも報じられています。

競合との比較

点滴灌漑市場は拡大を続けており、調査会社によって推定は異なりますが、2024年時点で56〜80億ドル規模、年平均成長率(CAGR)9〜13%で2030年代前半には160〜200億ドルに達すると予測されています。

  • NETAFIM(Orbia): 売上高約10億ドル。世界110カ国以上、19工場、従業員4,500名。デジタル農業プラットフォームGrowSphereによるソフトウェア差別化を推進
  • Rivulis-Jain: 2023年3月にJain International Trading B.V.とRivulisが合併して誕生した業界第2位。売上高推定約7.5億ドル、22工場、3,000名、R&Dセンター3カ所。合併によりNETAFIMへの競争圧力が強まっています
  • Dayu(大禹節水): 中国最大の灌漑企業で売上高約7億ドル。中国国内市場での圧倒的なシェアを持ち、NETAFIM買収にも名乗りを上げています
  • The Toro Company: 米国の総合灌漑・景観管理企業。灌漑は事業の一部門
  • Valmont Industries: 米国の灌漑・インフラ企業。センターピボット灌漑に強みを持ちます

NETAFIMの最大の競争優位性は、60年にわたる農学データの蓄積とデジタルプラットフォームの統合にあります。ハードウェア(ドリップライン)だけでなく、ソフトウェア(GrowSphere)とサービスを一体化した「灌漑のOS」というポジションは、他社が容易に追随できないものです。

今後の計画

NETAFIMは2025年に創業60周年を迎え、以下の方向性で事業を展開しています。

デジタル・AI統合の加速: GrowSphereプラットフォームの進化に加え、AI駆動のDosing 5G施肥システムの展開を拡大。Phytech、Treetoscopeなどのセンシング技術パートナーとの統合により、「土壌・植物・気象」のトータルな可視化と自動制御を目指しています。

サステナビリティの深化: リサイクル工場2カ所の運営に見られるように、灌漑資材の循環利用にも取り組んでいます。水資源保全と食料生産の両立という創業以来のミッションは、気候変動が加速する現在、より重要性を増しています。

所有構造の変化: Orbiaによる売却プロセスが進行中であり、新たなオーナーシップのもとでの成長戦略が注目されます。中国のDayuが買収した場合、アジア太平洋市場(点滴灌漑の最速成長地域)での展開が加速する可能性がある一方、米国事業への影響や技術移転に関する規制上の課題もあります。

新興市場の開拓: アジア太平洋地域は点滴灌漑市場で最も急成長している地域です。インドでは政府の灌漑補助金政策が追い風となっており、NETAFIMにとって重要な成長市場です。

コメント

NETAFIMは、「砂漠でいかに少ない水で作物を育てるか」という生存課題から生まれた技術を、グローバルな農業インフラに発展させた稀有な企業です。1930年代の「漏水する水道管と1本の木」という偶然の観察が、60年後に年間10億ドル規模のビジネスになっているという事実は、農業技術イノベーションの力を物語っています。

日本の農業においても灌漑は重要なテーマです。当サイトでは灌漑の種類一覧で各灌漑方式の特徴と選び方を、農業用スプリンクラーの種類と選び方で散水型灌漑の詳細を、灌水チューブ・点滴チューブの種類と選び方で点滴灌漑の具体的な製品選定を解説しています。また、遠隔灌水システムの作り方では、低コストで灌漑の遠隔化を実現する方法も紹介していますので、あわせてご参照ください。

点滴灌漑市場は今後10年で2〜3倍に成長すると予測されており、NETAFIMの所有構造の変化がこの市場にどのような影響を与えるかも注視すべきポイントです。

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