
ニュージーランド発のバイオテックスタートアップ「Scentian Bio(センシャン・バイオ)」は、昆虫が持つ嗅覚受容体をデジタル化し、AIと組み合わせたバイオセンサーを開発しています。農作物の収穫タイミングの判定や腐敗の早期検出など、これまで人間の感覚や破壊検査に頼っていた「においによる品質管理」を、リアルタイムかつ非破壊で実現する技術です。
会社基本情報
- 社名:Scentian Bio Limited
- 設立:2021年1月
- 本社:オークランド、ニュージーランド
- 従業員数:約11〜14名
- 累計調達額:約720万米ドル(Finistere Ventures、Toyota Ventures、Bill & Melinda Gates Foundationなど)
- 公式サイト:https://www.scentianbio.com
事業概要
Scentian Bioは、ニュージーランドの政府系研究機関であるPlant & Food Researchから2021年にスピンアウトしたスタートアップです。共同創業者でCTOのDr. Andrew Králíčekは、同研究機関で19年間にわたり昆虫の嗅覚生物学を研究してきた第一人者です。
同社のコア技術は、昆虫が持つ嗅覚受容体(odrant receptors)を合成生物学的手法で量産し、電子センサーデバイス上に配置するというものです。化合物が受容体に結合した際に生じる電気信号をAIが解析し、揮発性有機化合物(VOC)の詳細な「においプロファイル」をリアルタイムで出力します。
現在74種類の昆虫嗅覚受容体のライブラリを保有しており、複数の受容体の応答パターンを組み合わせることで、非常に複雑なにおいを識別します。「ハエは45種類の受容体だけで、数百万種類の揮発性有機化合物を検出できる」と同社CTOは語っており、昆虫の神経ネットワークをエミュレートしたAIモデルがこのプロセスを再現しています。
課題と解決策
農産物の品質管理における現状の課題は大きく2つあります。
1つ目は、収穫タイミングの判定精度です。果物や野菜の収穫適期は、品質・貯蔵性・市場価値を大きく左右します。従来の方法では、糖度(Brix値)の測定や乾燥重量分析が用いられてきましたが、いずれもサンプルをラボに送付する必要があり、現場でのリアルタイム判定ができません。
2つ目は、腐敗の早期検出です。出荷後のサプライチェーンで腐敗が進行しても、目視では初期段階での検出が困難です。腐敗が進んで初めて発見されるため、廃棄ロスが大きくなっています。
Scentian Bioのバイオセンサーは、これらの課題をにおい(VOC)の変化で捉えることで解決します。検出感度はフェムトモル(fM)レベルで、最高品質の麻薬探知犬(ビーグル)の1,000倍以上とされています。サンプルをラボに送ることなく、現場でリアルタイムの品質判定が可能になります。
同社はすでに、世界最大のキウイフルーツマーケターであるZespri(ゼスプリ)との有償パイロットを実施しており、VOC検出による収穫タイミングの最適化を検証中です。また、世界的大手食品企業5社との有償パイロットも進行しています(社名は非公開)。
ビジネスモデル
Scentian Bioは、物理センサー(ハードウェア)とクラウドベースのAI解析プラットフォーム(ソフトウェア)を組み合わせたB2B SaaS型のビジネスモデルを採用しています。大手食品企業や農業生産者向けに品質管理・検査ソリューションとして提供し、有償パイロットを経て商用ライセンス・サブスクリプション契約へと移行する方向です。
農業分野だけでなく、結核・がんなどの医療診断(呼気バイオマーカー検出)も将来の応用領域として位置づけており、Bill & Melinda Gates Foundationから170万ドルの助成を受けています。ただし、規制ハードルが高い医療分野に先行して農業・食品分野での商用化を進めている段階です。
今後の計画
Scentian Bioは現在、ラボ実証済みの技術を現場で使える製品へと転換する「スケールアップフェーズ」にあります。具体的には以下の開発を進めています。
- センサーの小型化:現状のラップトップベースのシステムから、現場で手軽に使えるハンドヘルド型センサーへの移行
- 受容体ライブラリの拡張:現在の74種類からさらに多くの昆虫嗅覚受容体を追加し、検出可能なにおいの種類を広げる
- 農業への展開加速:キウイフルーツ以外の作物(病害虫フェロモン検出、その他果実の収穫管理)への応用を拡大
- 食品以外への展開:水質検査・大気品質モニタリングへの応用も視野に入れている
コメント
電子鼻(e-nose)技術自体は以前から存在しますが、Scentian Bioのアプローチは生物の嗅覚受容体そのものをセンサーとして使う点で従来の電気化学センサーとは根本的に異なります。昆虫が数十億年の進化で獲得した高感度・高選択性の嗅覚システムを、バイオテクノロジーで製品化した点が独自性です。
農業分野では、土壌センサーや気象センサーと並んで「作物のにおいをリアルタイムで計測する」センサーが加わることで、精密農業のデータ基盤がさらに拡充されます。特に収穫タイミングの最適化は、品質ロスの削減と高値取引の両面で農業法人にとって重要なテーマです。Toyota Venturesが出資している点も、日本市場への展開を期待させる要素です。
参考URL
- Scentian Bio 公式サイト
- AgFunder News: Scentian Bio deploys AI-powered biosensor tech in trial with world’s largest kiwifruit marketer
- AgFunder News: Scentian Bio raises $2.1m seed round to build biosensors inspired by bugs
- AgFunder News: Agrifood signals – Havra nets $113m for fresh produce ERP
- University of Auckland: Scentian Bio: reimagining smell as sensors