農業とは無縁に見える大企業・有名企業が、実は農業分野に積極参入しています。スマート農業市場の拡大、食料安全保障への関心の高まり、ESG経営の必要性などを背景に、IT・製造・流通・金融・建設など多様な業種から農業への参入が相次いでいます。
農林水産省の調査によると、企業等のリース方式による農業参入は全国で増加が続いており、2024年度の有力企業による農業ビジネス市場は前年度比104.7%の約1,164億円規模に拡大しています(矢野経済研究所調べ)。本記事では、国内外の企業を業種別に整理し、各社の農業参入の具体的な取り組みを紹介します。
なぜ異業種企業が農業に参入するのか
農業参入を後押しする主な要因は以下の通りです。
- スマート農業市場の成長:IoT・AI・ロボット技術の普及により、農業が「データドリブン産業」に変化しつつある
- 農業のデジタル化余地:他産業と比較してデジタル化が遅れており、技術的優位性を持つ企業にとって参入機会が大きい
- 食料安全保障・ESGの観点:食料供給の安定化やサプライチェーンの持続可能性確保が企業経営上の課題となっている
- 農業人口の減少:高齢化・後継者不足が深刻化し、技術・資本力を持つ企業の参入が社会的に求められている
IT・テクノロジー企業
Microsoft(米国)
2017年から「FarmBeats」プロジェクトを推進。IoTセンサー・ドローン・AIを活用した精密農業プラットフォームで、現在はAzure Data Manager for Agricultureとして提供。Bayerとの共同開発「AgPowered Services」も展開中。インドのバラマティでは試験農場に約200名の農家が参加し、サトウキビの収穫量が重量で30〜40%増加した事例も報告されている。
Alphabet / Google(米国)
ムーンショットファクトリー「X」発のプロジェクト「Mineral」を2017年から推進。AIと農業ロボットにより世界の農地の約10%を調査・分析。2023年にAlphabet傘下の独立企業として卒業し、2024年には技術をDriscoll’s(世界最大のベリー企業)とJohn Deereに移管。
IBM(米国)
「Watson Decision Platform for Agriculture」を提供。ザ・ウェザー・カンパニーの気象データとIoTデータを組み合わせ、精密農業を支援。インドのマディヤ・プラデーシュ州などで農業省との共同パイロット実施。試験地域での平均収量が20〜25%向上したと報告されている。
富士通(日本)
2012年より「食・農クラウドAkisai(秋彩)」を提供。施設園芸・露地栽培・畜産など多業態に対応する農業ICTクラウドサービスで、作業記録・環境データ・品種別最適化を支援。農業の「法人型経営」を実現するプラットフォームとして国内農業法人に普及している。
NTT(日本)
2014年から農業をグループ重点分野に位置づけ。2019年にNTTアグリテクノロジー株式会社を設立し、農業法人として直接経営に参画。NTTドコモのIoTソリューション「e-kakashi」やNTT東日本のローカル5G農業実証など、グループ各社が農業ICTに取り組んでいる。
NEC(日本)
農業ICTソリューションとして温湿度センサー・クラウド統合システムを提供。施設園芸農家向けに栽培環境データの収集・管理・分析サービスを展開。NEPONと連携した温室機器制御機能も提供している。
ソニー(日本)
2019年より「Sony Smart Agriculture Solution」を展開。AIによる画像解析で作物の生育状況をモニタリング。2025年11月にはIIJとの合弁会社設立を発表し、土壌水分センサーと灌水ナビゲーションサービスを2026年から提供予定。
ソフトバンク(日本)
農業IoTソリューション「e-kakashi」を展開(NTTドコモと共同)。植物の視点で農場環境を最適化するサービスとして、AIが栽培を24時間サポート。スマートライスファーミングプロジェクトでは少水少肥料の栽培技術とICTを組み合わせた実証を実施している。
パナソニック(日本)
人工光型植物工場事業を推進。照明・空調・ネットワーク技術を組み合わせた植物工場ソリューションで、約95%の高歩留まりを実現。2015年にはシンガポールで「Veggie Life」ブランドの植物工場野菜の販売を開始。中東・アジアへの展開も積極化。
シャープ(日本)
LED・プラズマクラスターイオン技術を活用した植物工場を展開。2013年から中東での植物工場事業化に向けた実証実験を開始。千葉大学との共同研究でエネルギー効率を追求した人工光型植物工場システムを開発している。
オムロン(日本)
農業向け気象センサーを開発・展開。2025年に発売した次世代気象センサーは温度・湿度・気圧・風向・風速・日照等を計測し、農業のスマート化を支援。IoTゲートウェイとの連携によるリモートモニタリングシステムも提供している。
製造・素材企業
デンソー(日本)
農業ロボット専門ブランド「DENSO AgriTech Solutions」を展開。2024年5月にはCerthon社と共同でミニトマトの完全自動収穫ロボット「Artemy®」の欧州での商業受注を開始。AIによる熟度判定・自動収穫で農業の労働力不足解消を目指し、収穫作業の約40%削減を実現するとしている。
トヨタ自動車(日本)
2014年からトヨタ生産方式(TPS)を農業に応用した「豊作計画」を開発。稲作の集中管理を実現するクラウドサービスとして全国94の農業管理団体に導入。光学センサーを使った土壌診断・改善提案サービスの実証も実施し、土壌成分のばらつきを迅速に特定する技術を開発している。
クボタ(日本)
農機メーカーとしてスマート農業機械のリーディングカンパニー。2024年に世界初の無人田植え・収穫を実現するコンバインを市場投入。KSASアグリサポートシステムにAI病害虫診断機能を追加。北海道十勝地方での大規模畑作農業スマート化実証実験も実施している。
ヤンマー(日本)
スマート農業システム「スマートアシスト」シリーズを展開。GPSとロボティクスを活用した自動操舵技術「SMARTPILOT®」でロボットトラクター・自動コンバインを実用化。農業ICTとスマート農機を組み合わせたデータドリブン農業を推進している。
三菱ケミカル(日本)
植物工場事業を30年以上の歴史を持つ農業分野のパイオニア。「ナッパーランド」(太陽光利用型水耕栽培)・「苗テラス」(人工光型)・「AN(Agriculture Next)」など多様なシステムを展開。グループ内で植物工場関連事業を集約・強化している。
旭化成(日本)
バイオマスを活用した養液栽培「ProBioponics(プロバイオポニクス)技術」を開発。2022年にイオンアグリ創造と共同で実証開始。2023年には宮崎県・JA宮崎経済連と有機液肥を利用した施設園芸システムの事業化連携協定を締結。農研機構とのスマートフードチェーン研究も実施している。
カネカ(日本)
「新育種技術(NBT)」を活用した品種改良事業を展開。北海道でオーガニック酪農会社を設立し、有機農業にも参入。独自のゲノム編集技術でNARO(農業・食品産業技術総合研究機構)と共同開発した小麦育種技術も保有している。
住友化学(日本)
農業資材・農薬・種苗・デジタル農業支援サービスまで幅広い農業ソリューションを提供。海外では農薬事業が主力だが、国内でもスマート農業関連ソリューションを展開している。
BASF(ドイツ)
デジタル農業プラットフォーム「xarvio®(ザルビオ)FIELD MANAGER」を世界展開。2024年の農業ソリューション部門の売上高は約98億ユーロ。AI・気象データ・土壌分析を統合した精密農業ツールとして世界の農家に利用されている。気候変動に適応した再生可能農業も推進。
Bayer(ドイツ)
デジタル農業プラットフォーム「Climate FieldView」を展開し、世界2億5,000万エーカー以上でサブスクリプション契約を締結。MicrosoftとのAzure連携「AgPowered Services」も開発。2030年代中頃までに再生可能農業を4億エーカー以上に普及させる目標を掲げている。
Siemens(ドイツ)
植物工場・垂直農場向けに自動化・監視・分析ソリューションを提供。80 Acres Farmsとの共同プロジェクトでは環境制御・ロボティクス・農場管理ソフトウェアを統合したプラットフォーム「Loop」をスケール。中東最大の垂直農場にも自動化・ビル管理技術を提供している。
流通・小売企業
イオン(日本)
2009年にイオンアグリ創造株式会社を設立。全国20農場を直営し、GLOBALG.A.P.取得の農産物をグループ店舗に供給。有機JAS認証農場も4か所保有し、循環型農業(メタン発酵活用)の実証も行っている。GGN認証野菜の店頭展開も国内初として実施。
セブン-イレブン(日本)
セブンファーム株式会社・セブンファーム富里など直営農場を展開し、コンビニチェーンとして農業の人手不足解消に取り組んでいる。イトーヨーカドー系の直営農場「セブンファーム深谷」では循環型農業を目指した農産物をグループ店舗に供給している。
楽天(日本)
楽天農業株式会社を設立し、農産物宅配・産直サービス「楽天ファーム」を展開。2017年にTelepresentを活用したリモート農業プラットフォーム「Ragri」も展開していた。なお2025年3月に楽天農業の株式をPEACE社に譲渡し「リベジ」に社名変更されたが、楽天市場の農産物販売は継続している。
Walmart(米国)
2024年に農業技術企業Agritaskとの戦略的パートナーシップを締結し、果物のサプライチェーン意思決定を高度化。Walmart財団としてインドで総額278万ドルの農業技術支援グラントを実施(30万人以上の農家に技術普及を目標)。General Millsと共同で再生可能農業への1億2,000万ドル規模の投資も発表している。
金融・総合商社
三菱商事(日本)
ブラジルでのAgrex do Brasilによる穀物取引・農業投資から、日本国内のJapan Farm Holdings(養鶏・養豚・食肉加工)まで幅広い農業事業を展開。農業のデジタル変革にも取り組み、衛星農業・可変施肥など精密農業ツールへの投資を進めている。
三井物産(日本)
三井物産アグロビジネス株式会社を中核として、農薬・肥料・種子の製造・販売をグローバルに展開。「Nutrition & Agriculture Business Unit」として農業投入財ビジネスと食品・栄養素ビジネスを統合。衛星データを活用した精密農業支援サービスも提供している。
伊藤忠商事(日本)
2019年に北米農業プラットフォームFarmer’s Business Network(FBN)への出資・戦略的提携を発表。FBNはデータ分析で農家向け情報・資材・金融を提供するデジタル農業プラットフォーム。FamilyMart・全農との業務提携でも農産物流通・DXに取り組んでいる。
ゴールドマン・サックス(米国)
2019年にケニアの農業ロジスティクス企業Twiga Foodsのシリーズ B ラウンド(2,375万ドル)をリード。アフリカの農家と小売店を直接つなぐB2Bアグリフードプラットフォームへの投資として、米国大手投資銀行のアフリカ農業テック分野への参入として注目された。
SoftBank Vision Fund(日本)
農業テックスタートアップへの積極投資を展開。ケニアのApollo Agriculture(農家向け入力資材・融資・市場アクセス)の4,000万ドルシリーズB(2021年)をリード。AIと衛星データで農家の信用評価を行うモデルを支援しており、アフリカの農業DXにも関与している。
建設・不動産企業
大成建設(日本)
1998年から植物工場事業に参入し、国内パイオニア的企業として20年以上の実績を持つ。LEDユニットを活用した省エネ植物工場の設計・施工・コンサルティングを提供。スタンレー電気との共同開発でLEDユニットを高効率化し、農場設計から運営支援まで一気通貫で対応している。
大林組(日本)
スプレッドとの提携により完全人工光型植物工場のフランチャイズ事業を展開。千葉大学との共同研究でエネルギー効率・初期コストを30%削減する植物工場技術を開発。月空間での植物栽培実験(宇宙農業)にも取り組み、2022年に月模擬砂での植物栽培成功を発表している。
清水建設(日本)
農業中央金庫との合弁でシミズ・アグリプラス株式会社を設立。高知県の施設園芸の課題解決に向けたソリューションビジネスを展開。建設・施設設計の技術を農業施設に応用し、スマート農業施設の設計・建設・運営支援を行っている。
食品・飲料企業
カゴメ(日本)
加工食品メーカーとして農業生産に直接参入。カゴメ野菜生活ファーム富士見を運営し、トマトの大規模ハイテク施設栽培を実施。国内消費量の約1.5%のトマトを自社生産する規模に成長。廃熱・CO2の有効活用による循環型農業モデルを確立している。
サントリー(日本)
原材料の持続可能な調達のための農業研究・パイロットを積極化。東京農工大学と鹿児島県でのサツマイモ再生農業実証(2024〜2027年予定)を実施。コロンビアのコーヒー産地でのConservation Internationalとの再生農業パイロットも展開。Biodiversify社と農業戦略共同開発も行っている。
キリンホールディングス(日本)
植物の大量増殖技術(茎増殖・芽増殖・胚増殖・塊茎増殖の4技術)を独自開発し、農業への持続可能なインパクトを目指している。生物資源の持続可能な活用を「キリングループ環境ビジョン2050」に組み込み、農業原材料の安定調達と生物多様性保全を両立させる取り組みを推進している。
旭化成(日本)
(製造・素材セクションにも掲載。)バイオマス由来の養液栽培技術「ProBioponics」でイオングループとの連携農場を展開。農業とバイオテクノロジーを融合させた新しい農業モデルを構築している。
その他の意外な業種
SOMPOホールディングス(日本・損害保険)
農業保険の世界的プラットフォーム「AgriSompo」をグローバル展開。天候デリバティブ・農業共済・収量保険など多様な農業向け保険を複数国で提供。農業の経営リスクを引き受けることで食料安定生産を金融面から支える役割を果たしている。
損保ジャパン(日本・損害保険)
農業向け天候デリバティブの引受保険会社として農業リスクマネジメントに参入。気温・降水量・最大風速などの気象指標に連動した保険商品を提供し、農業の収益変動リスクをヘッジする金融商品を農業法人向けに展開している。
関西電力(日本・電力)
ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)事業を農業と電力事業の複合モデルとして推進。農地の上部空間に太陽光発電設備を設置しながら農業を継続する農業参入モデルとして、農地利用効率化とエネルギー生産の両立を図っている。
John Deere(米国・農機)
農機メーカーとして農業AIの最前線を走るリーディングカンパニー。2024年に2億5,000万エーカー以上のフィールドデータを保有するClimate FieldViewプラットフォームを拡張。「See & Spray」技術では2024年に推計800万ガロンの除草剤削減を実現。CES 2025では第2世代自律走行キットを発表している。
SAP(ドイツ・ERP)
農業向けERPソリューション・サプライチェーン管理プラットフォームを提供。農業法人の経営管理・在庫管理・顧客管理をデジタル化するシステムとして、農業経営の近代化に貢献している。
NTTドコモ(日本・通信)
スマート農業プロジェクトとして農業IoTソリューション「e-kakashi」を展開。ローカル5G技術を農業分野に応用し、農業ロボットのリモート制御・大量農場データのリアルタイム処理を実証中。通信インフラを農業DXの基盤として活用している。
農水省が支援する企業農業参入
農林水産省は「企業等のリース法人の参入事例」として全国の農業参入事例を公開しています。建設会社・運送会社・電機関連企業・福祉法人など、多様な業種からの農業参入が全国各地で進んでいます。2024年度には「農業参入フェア2024」も開催され、異業種からの農業参入支援が継続されています。
企業による農業参入の形態は多様で、農地リース方式・農業生産法人設立・業務提携・技術投資など様々な手法が取られています。重要なのは、単なる事業多角化にとどまらず、それぞれの企業が持つ技術・ネットワーク・資本力を農業に持ち込むことで、農業のデジタル化・効率化・持続可能性向上に貢献しているという点です。
異業種からの農業参入は、慢性的な農業人口減少・耕作放棄地増加・食料自給率向上という日本の農業課題を解決する重要な手段として、今後もさらなる拡大が期待されます。
参考URL
- 農林水産省「企業等の農業参入について」
- 農林水産省「企業等のリース法人の参入事例」
- Microsoft FarmBeats公式サイト
- Alphabet X – Mineral公式サイト
- DENSO「Artemy® 完全自動収穫ロボット」プレスリリース(2024年)
- トヨタ自動車「豊作計画」プレスリリース
- Sony「IIJとの農業スマート化合弁会社設立」プレスリリース
- イオンアグリ創造株式会社公式サイト
- 富士通「食・農クラウドAkisai」プレスリリース
- NTTグループ「農業への取組み」
- NTTアグリテクノロジー株式会社公式サイト
- DENSO AgriTech Solutions公式サイト
- 大成建設「アグリビジネス・植物工場」公式サイト
- 大林組「スプレッドとの植物工場事業提携」プレスリリース
- シミズ・アグリプラス株式会社公式サイト
- 三菱ケミカルグループ「植物工場」公式サイト
- 旭化成「有機液肥を利用した施設園芸システム事業化」プレスリリース(2023年)
- サントリー「再生農業実証パイロット」プレスリリース
- カゴメ「野菜生活ファーム富士見 2024年度営業開始」プレスリリース
- BASF「デジタルファーミング」公式サイト
- Bayer「デジタルファーミング」公式サイト
- Siemens「80 Acres Farmsとの垂直農場スケール」プレスリリース
- 楽天「Ragri農業プラットフォーム」プレスリリース
- 三井物産アグロビジネス株式会社公式サイト
- 伊藤忠商事「FBNへの出資・戦略的提携」プレスリリース
- SOMPOホールディングス「農業保険・AgriSompo」公式ページ
- John Deere「CES 2025 自律農機発表」プレスリリース
- IBM「Watson Decision Platform for Agriculture」
- AgFunder News「Alphabet Mineral世界農地10%分析」
- Quartz Africa「Goldman SachsのTwiga Foods投資」