農業テクノロジー(AgriTech/AgTech)は、食料安保や農業効率化という大義名分のもと、2010年代から2020年代にかけて世界中で多額の投資資金を集めました。しかし、巨額の資金を調達した企業の中には、志半ばで事業を終えたものも少なくありません。
農業スタートアップの失敗率は他のセクターと同等かそれ以上とも言われています。農業特有の「季節性」「現場依存性」「投資回収の遅さ」が、シリコンバレー流の高速スケールモデルと根本的に相性が悪いのです。
本記事では、実際に事業を終えた4社の事例を振り返り、AgriTech企業が陥りやすい落とし穴と、そこから学べる教訓を整理します。
事例① Zymergen(米国) — IPOで0M調達も2024年に清算
会社概要
Zymergenは2015年に設立されたバイオマテリアル企業です。微生物の代謝機能を利用して機能性素材を生産するという革新的なアプローチで注目を集めました。設立から6年で累計$1B(約1,400億円)超の資金を調達し、2021年4月にはIPO(新規株式公開)で約$530M(約740億円)を追加調達しました。
失敗の経緯
IPO直後の2021年夏、Zymergenはフレキシブルタッチスクリーン向けポリイミドフィルム「Hyaline」の開発遅延と顧客の技術的問題を開示しました。これを受けて株価は約70%暴落。CEOは辞任し、会社は方向転換を余儀なくされます。
2022年にGinkgo BioworksがZymergenを約$300Mで買収しましたが、事業転換は実らず、2023年10月にChapter 11(連邦破産法第11条)を申請。2024年2月、清算計画が破産裁判所で承認され、実質的に企業は消滅しました。
さらに米SEC(証券取引委員会)は、Zymergenが「根拠のない誇大表現でIPO投資家を誤解させた」として$3,000万の制裁金を科しています。
教訓
資金があっても技術的実現可能性(フィジビリティ)の不確実性が高い場合、IPOの成功が逆に「引き返せない圧力」を生み出します。顧客パイプラインについて過度に楽観的な予測を投資家に示すことは、規制当局のリスクにもつながります。
事例② Wefarm(英国・ケニア) — 250万人農家ネットワークも収益化できず2022年に閉業
会社概要
Wefarmは2014年に英国でKenny Ewanによって設立された、農家間の知識共有プラットフォームです。SMS(テキストメッセージ)を使ってインターネット接続なしでも農業情報を共有できる仕組みで、ケニア・ウガンダ・タンザニアを中心に250万人超の農家ネットワークを構築しました。
「世界最大の農家コミュニティ」を標榜し、ベンチャーキャピタルから$10M(約14億円)超の資金調達にも成功しています。
失敗の経緯
Wefarmは農業用品のオンラインショッピング機能「Wefarm Shop」を展開し、情報共有プラットフォームから商業化を図りましたが、設立から1年も経たず閉鎖。市場状況のスケール困難を理由に挙げています。
その後、創業者のKenny Ewanはソーシャルメディアで「今夏、Wefarmはビジネスとして閉業しました。8年間でした」と投稿し、全事業の終了を宣言しました。
教訓
ユーザー数が多くても、収益化モデルが確立できなければビジネスは続きません。農家向けのSNSやコミュニティプラットフォームは「価値の提供」と「収益化」のバランスが特に難しく、無料サービスで大規模ネットワークを作っても、そこから商業的価値を引き出すのは困難です。
事例③ Twiga Foods(ケニア) — 0M調達の農産物流通プラットフォームが2025年に事業停止
会社概要
Twiga Foodsは2013年に設立されたケニアの農産物流通プラットフォームです。農家から都市部の小規模小売店(キオスク・露店)へモバイル技術を活用して農産物を直接配送するB2Bモデルで、Goldman Sachs、IFC(国際金融公社)などから累計$180M(約250億円)超の資金を調達しました。
失敗の経緯
2023年8月、従業員の33%を削減し、ナイロビ周辺の配送センター10か所を閉鎖。2025年6月には「最終的なビジネス再編の段階」として、ナイロビでの全事業を2か月間一時停止すると発表しました。300人超の雇用削減も報じられています。
Twigaは「一時停止」と表現していますが、$180Mもの投資を受けながら継続的に人員削減・拠点縮小が続いている状況は、事実上の事業縮小と見られています。
教訓
物流は資本集約型のビジネスです。スケールするほど固定費・変動費が増加し、黒字化のハードルが上がります。アフリカ市場の農産物流通は道路インフラや複雑な農産物品質管理など、テクノロジーだけでは解決できない課題が多く、投資資金があっても採算化が難しいモデルでした。
事例④ Climate Corporation(米国) — 2.1Bで買収も独立企業としては消滅
会社概要
Climate Corporationは2006年にGoogle出身のDavid FriedbergとSiraj Khaliqが設立した気象データ・デジタル農業企業です(当初はWeatherBillという社名)。農家向けの天候保険からスタートし、フィールドデータの分析・収量予測へと事業を拡大しました。
買収と消滅の経緯
2013年、Monsantoが約$930M(約1,300億円)でClimate Corporationを買収。これはAgriTech史上最大規模の買収の一つでした。買収後はMonsantoのデジタル農業部門として「Climate FieldView」プラットフォームを展開し、2016年時点で1億エーカー以上の農地データを管理するまでに成長しました。
しかし2018年にBayerがMonsantoを買収したことで、Climate CorporationはBayerの傘下に移行。2020年以降、FieldViewブランドは継続されていますが、独立した企業としてのClimate Corporationは完全に消滅しています。
教訓
大企業による買収は「成功」に見えますが、独立したスタートアップとしての使命や文化は失われます。農業データプラットフォームの場合、大手農薬・種子メーカーの傘下に入ることで、農家からの信頼に影響が出るリスクもあります。
AgriTech失敗の共通パターン
上記4社の事例を踏まえ、AgriTech企業が失敗に至る共通パターンを整理します。
農業は「現場が9割」
SaaSビジネスと異なり、農業テクノロジーは圃場での実証・導入サポートに多大なコストがかかります。また農業は「年に1度の収穫」という制約があり、製品の検証サイクルが極めて遅い。ベンチャーキャピタルが求める「高速スケール」と根本的に相性が悪いのです。
農家のデジタル習熟度の問題
東アフリカや発展途上国の農家はスマートフォン普及率やインターネット接続環境に限界があります。先進国でも農家のテクノロジー採用率は低く、AgFunder Newsの調査では持続可能性関連技術のグローバル採用率はわずか6%とされています。
地域・作物ごとの条件が複雑すぎてスケールしにくい
土壌、気候、作物品種、市場構造が地域によって大きく異なるため、一つのソリューションをグローバルに展開することが難しいです。Zymergenのバイオ素材もZwiga Foodsの流通モデルも、特定の条件下では機能しても、スケールとともに問題が露出しました。
農家向けB2Bビジネスの単価の低さ
農家1軒あたりの購買力は限られています。大規模農業法人向けであれば単価を取れますが、中小農家向けサービスは顧客単価が低く、収益化に必要な規模を達成するのが難しい構造です。
生き残っている企業との違い
失敗事例と対照的に、成功を続けているAgriTech企業には共通した特徴があります。
- 特定の問題に深く絞る: 広く浅い汎用プラットフォームより、特定作物・特定工程に特化したソリューションの方が農家の支持を得やすい
- 農家との長期関係構築: 1回の購入・利用ではなく、サブスクリプションや継続サポートで関係を深める
- ハードウェア×データサービスの組み合わせ: 機器単体で売るのではなく、データ分析・レコメンデーションサービスを組み合わせて継続収益を生む
- 地域の農業構造・流通慣行に合わせたモデル: 先進国モデルをそのまま移植するのではなく、ローカル適応を徹底する
AgriTechは長期的には大きな成長が期待できる分野ですが、「農業という産業の特殊性」を十分に理解し、焦らず現場で実証を積み重ねることが成功への鍵といえるでしょう。
参考URL
- Bloomberg Law: Ginkgo Bioworks Unit Zymergen to Liquidate After Selling Assets
- CIO Africa: Agritech Start-up, WeFarm Shop Closes Down
- TechCabal: Twiga Foods halts Nairobi operations, considers new distribution hub
- BitcoinKE: Why Did 7 Promising Kenyan Startups Shut or Scale Down Operations in Just 4 Months?
- AgFunder News: Agtech companies need to bridge the trust gap with farmers
- AgTech Navigator: Why agtech start-ups failed last year – and a playbook for 2026
- Wikipedia: The Climate Corporation
- Law.com: Biotech Industry Bankruptcy Cases: Zymergen and Humanigen