会社基本情報
Taranis(タラニス)は、2015年にイスラエル・テルアビブで設立された精密農業スタートアップです。サブミリメートル解像度の航空画像とAI解析を組み合わせ、圃場全体の病害虫・雑草・栄養欠乏を個々の葉レベルで検出する「精密スカウティング」プラットフォームを提供しています。
- 本社所在地:725 E. Main St., Westfield, Indiana 46074(2020年12月にテルアビブから移転)
- R&Dハブ:テルアビブ、イスラエル(ソフトウェア開発部門 約70名)
- その他拠点:ブラジル・カンピーナス
- 創業者:Ofir Schlam(共同創業者・プレジデント)、Eli Bukchin(共同創業者・CTO)、Assaf Horowitz(共同創業者)、Ayal Karmi(共同創業者)
- CEO:Bar Veinstein(Series D時点)
- 従業員数:約203名(2026年2月時点、4大陸に展開)
- 累計調達額:1億ドル(Series A〜D)
- 管理圃場面積:2,000万エーカー以上
共同創業者のOfir Schlamは三世代続く農家の出身で、イスラエル軍の諜報部門で9年間勤務した経歴を持ちます。気象・病害・害虫・栄養不足による年間3,000億ドル超の世界的な作物損失を、より正確な予測モデルで防げるという確信から起業しました。CTOのEli Bukchinはイスラエル国防軍向けの気象システムを開発した実績があります。
事業概要
Taranisは、ドローンによるサブミリメートル解像度の画像撮影とAIによる自動解析を組み合わせた精密スカウティングサービスを展開しています。衛星画像(1.2m/ピクセル)で圃場全体の異常を検知した後、ドローンで0.3〜0.5mm/ピクセルの超高解像度画像を撮影し、葉1枚1枚のレベルで具体的な問題を特定します。
同社は「One Acre, One Image(1エーカー、1枚の画像)」というコンセプトを掲げており、各エーカーを1枚の高解像度画像として捉え、「テントウムシの斑点まで数えられる」精度で圃場を可視化します。
主な事業地域はアメリカ、ブラジル、ヨーロッパ、オーストラリア、アルゼンチン、ロシア、イスラエルで、19,000社以上の顧客と100社以上の農業小売業者・アドバイザーをイノベーションパートナーとして抱えています。
プロダクト構成
Taranisのプラットフォームは、以下の技術要素で構成されています。
画像撮影システム
- ドローン画像(AI2):0.5mm/ピクセルの解像度。DJI Matrice 300の世界最大級フリートを運用
- 衛星画像:PlanetおよびSentinelの1.2m/ピクセル衛星データを統合
- 独自気象モデル:4km/ピクセル解像度(標準的なグローバルモデルの26kmに対して約6.5倍の精度)
ドローンや航空機に搭載されたカメラは時速120マイル(約193km/h)以上で移動しながら撮影可能で、1回のフライトで約10,000枚(各10〜20MB)の画像を取得します。
AI解析エンジン
- 学習データ:5億件以上のデータポイントでトレーニング
- 画像処理実績:70万枚の画像から約1億の特徴量を抽出
- 1画像あたりの検出:最大1,000項目(害虫被害、葉の変色など)
- 30名のアグロノミストがモデル学習用の画像タグ付けを担当
検出できる項目は多岐にわたり、雑草の種レベルの特定、害虫の種類と被害度の評価、病害の早期検出、栄養欠乏マッピング、非生物的ストレスの検出、株数カウントと発芽分析、落葉度評価などが含まれます。
Ag Assistant
生成AIを活用したアグロノミーエンジン「Ag Assistant」は、検出データに基づいてデータ駆動型の栽培推奨を生成します。収量予測アルゴリズムも統合されており、単なる異常検知にとどまらず、具体的な対策の提案まで行います。
インフラはGoogle Cloud上で稼働しており、Kubernetes EngineとCompute Engine(NVIDIA V100 GPUを1,000〜4,000基でスケーリング)、TensorFlowを使用しています。総データスループットは約30TBに達します。
どういう課題をどう解決しているか
従来のスカウティングの限界
従来の圃場スカウティング(巡回調査)は、人間のアグロノミストが圃場を歩いて目視確認する方法が主流でした。この手法には以下のような限界があります。
- カバー率の問題:大規模農場では全圃場を均等にスカウティングすることが物理的に不可能。通常、圃場の一部しか確認できない
- 発見の遅れ:問題が肉眼で確認できるレベルに拡大してから初めて発見されるケースが多い
- 主観性のばらつき:観察者の経験や知識によって、同じ症状でも判断が異なる
- コストと時間:広大な農地を人力でカバーするには膨大な人的リソースが必要
衛星画像やNDVI(正規化植生指数)によるリモートセンシングは圃場全体の概況把握には有効ですが、1.2m以上/ピクセルの解像度では「異常がある」ことはわかっても「何が原因か」を特定することはできません。いわば「ぼやけた色の塊」しか見えない状態です。
なぜTaranisのサブミリメートル解像度が画期的だったか
Taranisの0.3〜0.5mm/ピクセルという解像度は、標準的な農業航空画像(5〜25cm/ピクセル)と比較して100〜500倍の精度を実現しています。この圧倒的な解像度により、以下のことが可能になりました。
- 害虫の種レベルの特定:葉の上の個々の害虫を識別し、種を特定できるため、対象害虫に最適な農薬を選択できる
- 病害の早期検出:肉眼で確認できる前の初期段階で病害を検知し、被害拡大前に対処可能
- 雑草の種の特定:雑草の種類を区別できるため、適切な除草戦略を選択できる
- 栄養欠乏の可視化:葉の色調や形態変化から特定の栄養素の過不足を診断可能
同社は「衛星データだけでは価値が限定的だが、葉レベルの画像と組み合わせることで、エーカーごとに何が起きているかを季節を通じて把握できる」と述べています。つまり、衛星で「どこを見るべきか」を特定し、ドローンで「何が問題か」を診断するという二段階アプローチが、Taranisの技術的優位性の核心です。
導入実績
Silver Spur Farms(アメリカ・ネブラスカ州)
ネブラスカ州ディケンズに約7,500エーカー、ミナタレに約5,000エーカーを運営するSilver Spur Farmsは、2023年にジャガイモ畑でTaranisを導入し、2024年にトウモロコシにも拡大しました。
- ジャガイモの早期疫病(Early Blight)を24時間以内に検出し、迅速な対応を実現
- 飼育場付近の圃場でリン過剰を検出し、カリウムと微量元素への資源再配分を実施
- 農場管理者のJesse Thelanderは「Taranisのスカウティングは圃場の一部分ではなく全体を見せてくれる」とコメント
ブラジルにおけるアジア大豆さび病対策
ブラジルで最も深刻な大豆病害であるアジア大豆さび病(Asian Soybean Rust)の発生を予測することに成功し、殺菌剤の散布タイミングの最適化により最大7.5%の収量増加を実現しました。
Syngenta Crop Protectionとの戦略的パートナーシップ
2024年10月から、農薬大手Syngentaとアメリカ中西部を中心とした複数年にわたるAIパートナーシップを展開しています。葉レベルの0.3mm/ピクセル解像度での脅威検出をSyngentaの小売パートナー網を通じて提供し、2025年のパイロットでは圃場問題の早期発見、手動スカウティング時間の削減、収量最大化が報告されています。2026年にはアメリカ中西部全域に展開を拡大中です。
その他のパートナーシップ
- ADAMA:エンドツーエンドの精密農業ソリューションにおける協業
- SiFly Aviation(2026年1月):長時間飛行可能な自律型ドローンとAI作物解析を組み合わせるフィールド検証プログラムを開始。大規模農業地域でのカバレッジ効率、データ一貫性、運用拡張性の向上を目指す
ビジネスモデル
資金調達の推移
Taranisは累計1億ドルの資金調達を完了しています。
- Series A(2017年5月):750万ドル — Finistere Ventures、Vertex Ventures Israel主導
- Series B(2018年11月):2,000万ドル — Viola Ventures主導
- Series C(2020年7月):3,000万ドル — Vertex Growth、日立グループ、K3 Ventures(Kuokグループ)主導
- Series D(2022年9月):4,000万ドル — Inven Capital(欧州気候テックファンド)主導
投資家にはOurCrowd、Nutrien、住友商事ヨーロッパ、Micron Ventures、Seraphim Space Investment Trust、三菱UFJキャピタルなど、農業・テクノロジー双方の戦略的投資家が名を連ねています。
収益モデル
TaranisはSaaS型プラットフォームとスカウティングサービスを組み合わせたビジネスモデルを展開しています。アメリカ全土にドローンサービスプロバイダーのネットワークを構築し、農家や農業小売業者がスカウティングサービスを利用できる仕組みを整えています。また、Syngentaのような大手農薬企業とのパートナーシップを通じて、リテールチャネル経由での導入拡大を推進しています。
インディアナ州への本社移転
2020年12月、アメリカ最大の商品作物生産地域の中心に位置するインディアナ州ウェストフィールドに本社を移転しました。移転に伴い3年間で1,050万ドルの投資と最大60名の高給職ポジションの創出を計画し、インディアナ州経済開発公社から最大125万ドルの条件付き税額控除の提供を受けています。
競合との比較
精密農業・作物モニタリング分野には複数の競合が存在します。
- Ceres AI:AIによる個体レベルの作物解析を提供。Taranisと同様にドローン画像を活用するが、Taranisはより広域な圃場カバレッジに強み
- SeeTree:果樹など永年作物に特化した樹木レベルのインテリジェンスを提供。Taranisが主に穀物・大豆などの大規模行作物を対象とするのに対し、SeeTreeは果樹園に特化
- Climate FieldView(Bayer):デジタルファーミングプラットフォームとして幅広い機能を提供するが、Taranisほどの画像解像度は実現していない
- Blue River Technology(John Deere傘下):See & Spray技術による精密除草に特化。スカウティングよりも散布作業の自動化に焦点
- Gamaya:ハイパースペクトルイメージングとAIを活用した農学ソリューション。異なるスペクトル帯域で作物を分析するアプローチ
Taranisの最大の差別化ポイントは、衛星画像とサブミリメートル解像度のドローン画像を融合するデータフュージョンにあります。衛星で広域を監視し、ドローンで詳細を診断するという二層アプローチにより、他社が「異常がある」としか言えない段階で「何が原因で、どう対処すべきか」まで特定できます。
今後の計画
- Syngentaパートナーシップの拡大:2026年、アメリカ中西部全域への展開を推進中
- SiFly Aviationとの自律飛行検証:長時間飛行可能な自律型ドローンとの統合により、さらに広い地域を効率的にカバーする技術の実証が進行中
- Ag Assistantの進化:生成AIを活用した栽培アドバイス機能の強化。データ駆動型の意思決定支援をさらに高度化
- グローバル展開の継続:アメリカ、ブラジルに加え、ヨーロッパ、オーストラリアでの事業拡大
コメント
Taranisの技術は、農業における「見える化」の概念を根本的に変えるものです。従来のリモートセンシングが「異常があるかないか」を大まかに示すのに対し、Taranisは「何の害虫が、どの葉に、どの程度の被害を与えているか」まで特定します。この精度の違いは、農薬の無駄遣いを減らし、環境負荷を低減しながら収量を最大化するという、精密農業の究極の目標に直結します。
累計1億ドルの資金調達、Syngentaとの戦略的パートナーシップ、2,000万エーカー以上の管理面積という実績は、同社の技術が実用レベルで評価されていることを示しています。一方で、ドローンによるスカウティングには天候制約や飛行規制といった課題があり、衛星のみのソリューションと比べて運用コストが高くなる可能性もあります。
日本の農業においては、アメリカやブラジルのような大規模穀物農業とは圃場の規模が大きく異なりますが、ドローンの農業活用が急速に進む中、Taranisのようなサブミリメートル解像度のAI画像解析技術は、果樹園や施設園芸など高付加価値作物の精密管理に応用できる可能性があります。
参考URL
- Taranis公式サイト
- Taranis Series D 4,000万ドル調達プレスリリース(PRNewswire)
- Google Cloud Taranisケーススタディ
- Syngenta-Taranis戦略的AIパートナーシップ発表
- TechCrunch: Taranis Series B 2,000万ドル調達
- AgFunderNews: Taranis Series A 750万ドル調達
- Indianapolis Business Journal: Taranisインディアナ州本社移転
- SiFly-Taranisフィールド検証プログラム(PRNewswire)
- Taranis: Silver Spur Farms導入事例