
温室農業において、CO2の安定供給は収量を左右する極めて重要な要素です。しかし、従来のCO2供給は天然ガスの燃焼に依存しており、化石燃料価格の変動やカーボンニュートラルの要請と矛盾するという構造的な課題を抱えています。
オランダ・アムステルダムに本社を置くSkytreeは、欧州宇宙機関(ESA)で開発されたDirect Air Capture(DAC)技術を温室農業向けに転用することで、この課題に正面から取り組んでいるスタートアップです。
会社基本情報
Skytreeは2014年に設立されたオランダ・アムステルダムに本社を置く気候テック企業です。ESA(欧州宇宙機関)のビジネスインキュベーションセンター「ESA BIC Noordwijk」からのスピンオフとして誕生しました。
創業者のMax Beaumont氏は、ESAでシステムエンジニアとして国際宇宙ステーション(ISS)の空気品質維持のためのCO2除去ハードウェアの開発に携わっていました。宇宙での研究開発に費やされた約7,000万ユーロの基礎研究(1996年から15年間)がSkytreeの技術基盤となっています。もう一人の共同創業者Alexander Gunkel氏とともに、宇宙技術を地球上のCO2課題に応用する事業を立ち上げました。
現在のCEOはRob van Straten氏が務めており、Max Beaumont氏は共同創業者兼プロダクトアドバイザーとして引き続き関与しています。従業員数は約80〜155名(ソースにより異なる)で、4大陸にまたがる事業展開を行っています。
事業概要:DAC技術で温室農業にCO2を供給
Skytreeの事業の核心は、大気中のCO2を直接回収し(Direct Air Capture)、温室内に供給することです。温室栽培では、CO2濃度を外気の約400ppmから800〜1,200ppmに高めることで、植物の光合成が促進され、収量が最大25〜30%向上することが知られています。
Skytreeはこの「CO2エンリッチメント」に必要なCO2を、化石燃料ではなく大気から直接回収するという、根本的に異なるアプローチを採用しています。ESAで50種以上の吸着剤(sorbent)を評価した研究成果をベースに、Temperature Vacuum Swing Adsorption(TVSA:温度真空スイング吸着法)という手法を用い、固体吸着材でCO2を捕捉・放出するプロセスを実現しています。
温室農業向けのCO2供給にとどまらず、飲料用の高純度液体CO2(純度99.98%)の生成にも成功しており、農業以外の分野への展開も視野に入れています。
温室農業におけるCO2の重要性と従来の課題
なぜ温室にCO2が必要か
植物は光合成によって成長しますが、温室のような閉鎖的な環境では、日中の光合成によってCO2が急速に消費され、外気よりも低い濃度まで下がることがあります。CO2濃度を800〜1,200ppmに維持することで光合成速度が高まり、作物の成長が20〜30%促進されることが研究で確認されています。
日本でも植物工場や大規模温室では環境制御システムの一環としてCO2施用が導入されており、トマト、イチゴ、パプリカなどの施設園芸で収量向上の効果が実証されています。
従来のCO2供給方法の問題点
従来、温室へのCO2供給は主にCHP(Combined Heat and Power:熱電併給)システムによって行われてきました。天然ガスを燃焼させて電力と熱を生み出す過程で発生するCO2を温室に送り込む仕組みです。特にオランダの園芸産業ではこの方式が主流となっています。
しかし、CHP方式にはいくつかの構造的な限界があります。第一に、CO2は日中に必要な一方、熱は主に夜間に必要であるというタイミングのミスマッチが生じます。第二に、天然ガス価格の変動に直接さらされるため、コストの予測が困難です。第三に、化石燃料への依存そのものが、カーボンニュートラルを目指す社会の要請と矛盾しています。
さらに、欧州では化石燃料由来のCO2供給量が縮小しつつあり、園芸セクターにとって「存続に関わるCO2供給危機」(Carbon Pulse報道)が現実化しつつあります。植物工場のコスト構造においても、エネルギーとCO2の調達コストは大きな比重を占めています。
Skytreeのプロダクト
Cumulus(小型DAC装置)
2023年9月に発売されたSkytreeの最初の分散型DAC装置です。小規模な施設園芸や垂直農場向けに設計されており、ワーゲニンゲン大学研究センター(Wageningen University & Research)をはじめ、世界各地のCEA(Controlled Environment Agriculture)施設でCO2を生成しています。
Stratus(大型商用DAC装置)
Cumulusの発売からわずか7か月後に投入された大型モデルで、大規模温室や垂直農場のニーズに応えます。1日あたり最大約1,250kg(2,750ポンド)のCO2を生成する能力を持ちます。
Stratusの主な特徴として、まずハイブリッド駆動と全電動の2つの構成が用意されている点が挙げられます。ハイブリッドモデルは施設の余剰熱を活用することで電力消費を抑え、運用コストを低減します。Skytreeはエネルギー消費をCO2 1kgあたり1kWh未満に引き下げることを目標としています。
次に、CO2出力の純度が90%から99.99%まで調整可能で、用途に応じた品質のCO2を供給できます。特にStratus Alphaプロトタイプでは、大気から約98%の純度でCO2を回収し、液化後には99.98%という飲料グレードの純度を達成しています。
さらに、完全モジュール式の設計により、複数のStratusユニットを組み合わせた「Stratus Hub」を構成でき、施設の規模に応じたスケーリングが可能です。
導入実績
Skytreeの最も注目される商用導入事例が、オランダの食用花・マイクログリーン生産大手であるKoppert Cressとの提携です。Koppert Cressのイノベーション部門「Division Q」がSkytreeに戦略的投資を実施するとともに、ローンチカスタマーとしてSkytree Stratusの導入を決定しました。
具体的には、オランダ・南ホラント州モンスターに建設する新温室と既存の温室にSkytreeのDAC技術を実装する計画です。Koppert Cressは2026年までにカーボンポジティブな事業運営の実現を目標としており、Skytreeの技術はその中核をなすものです。
また、アイスランドのAlgae Capitalとの提携では、藻類培養施設に年間2,000トン以上のCO2をDAC装置から供給する計画が進行しています。
Skytreeの技術はWageningen University & Research、Delphy、Vertifyといったオランダの著名な農業研究機関でテスト・検証済みであり、2026年にはドイツとオランダで初の商用システムの展開が予定されています。さらにカナダ、オーストラリア、ニュージーランドへの展開も計画されています。
ビジネスモデル
Skytreeのビジネスモデルは、ハードウェアの販売に加えて「CO2-as-a-Service」という月額サブスクリプション型のサービスを提供するものと見られます。これは、装置の導入コストだけでなく、継続的なCO2供給をサービスとして提供するモデルです。
このモデルは温室経営者にとって、天然ガス価格の変動リスクから解放されるとともに、CO2の安定供給を保証されるという利点があります。化石燃料由来のCO2供給が縮小する中で、予測可能なコストでCO2を確保できることは、特にオランダの園芸産業にとって経営上の大きなメリットとなります。
資金調達と投資家
Skytreeは2023年6月にHorticoop(オランダの園芸産業協同組合ファンド)とYield Lab Europe(アグリテック特化型インパクトVCファンド)が主導するシードラウンドで約600万ドルを調達しました。さらに、欧州イノベーション評議会(EIC)アクセラレーターから250万ユーロの非希薄化グラント(助成金)を獲得し、2023年の累計調達額は約1,300万ユーロに達しました。
また、Koppert CressのイノベーションファンドDivision Qからの戦略的投資も受けており、顧客でありながら株主でもあるという強固な関係を構築しています。2024年12月にはオランダのReCarbnを買収し、技術力の強化を図っています。
投資家の顔ぶれからは、園芸産業のサプライチェーンに深く関わるプレーヤー(Horticoop)と、農業テック投資に実績のあるVC(Yield Lab Europe)が、DACの農業応用に具体的な市場性を見出していることがわかります。
競合との比較
DAC(Direct Air Capture)技術の分野にはいくつかの有力プレーヤーが存在しますが、Skytreeの独自性は「農業向けに特化した分散型DAC」という明確なポジショニングにあります。
Climeworks(スイス)は産業用の大規模DACプラントで知られ、累計7億9,100万ドル以上の資金を調達しています。しかし、同社の焦点はカーボンクレジットの生成と炭素貯留であり、温室農業向けのCO2供給には参入していません。Indigo Agのようなカーボンクレジット市場のプレーヤーとは異なるアプローチをとるSkytreeは、回収したCO2を「貯留」するのではなく「利用」するという点で差別化されています。
Carbon Engineering(カナダ、Occidental Petroleumが買収)も大規模DAC技術を保有していますが、石油増進回収(EOR)や合成燃料向けであり、農業向けの分散型ソリューションではありません。
つまり、ClimeworksやCarbon Engineeringがメガトン級のCO2回収を目指す「集中型DAC」であるのに対し、Skytreeは温室の横に設置してCO2を直接供給する「分散型DAC」を追求しています。この違いは単にスケールの問題ではなく、「回収したCO2を何に使うか」という根本的な事業戦略の違いに起因しています。
従来のCHP(天然ガス燃焼)方式との比較では、化石燃料に依存しない点、熱需要とCO2需要のタイミングミスマッチがない点、そしてモジュール式でスケーリングが容易な点がSkytreeの優位性です。
今後の計画
Skytreeは2026年にドイツとオランダで初の商用システムを展開する予定です。量産フェーズへの移行を進めており、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドへのグローバル展開も計画されています。
また、温室農業だけでなく、飲料用の高純度液体CO2(ビバレッジグレード)の生成にも成功しており、炭酸飲料・ビール業界など、農業以外のCO2需要への多角化も視野に入れています。Algae Capitalとの藻類培養への応用も含め、DAC技術の応用先を広げています。
受賞歴としては、GreenTech Concept Award(2023年)、GreenTech Innovation Award(2025年)、SIVAL d’Or(2026年)を獲得しており、業界からの技術評価は高いです。
コメント:DAC農業応用の構造的強み
SkytreeがDACスタートアップとして注目に値する理由は、宇宙技術の転用という華々しい出自だけではありません。構造的に3つの強みがあると考えられます。
第一に、技術的な蓄積の深さです。ESAでの15年間・7,000万ユーロの基礎研究を出発点とするSkytreeの吸着剤技術は、ゼロから立ち上げた競合が容易に追いつけないレベルにあります。宇宙ステーションという極限環境で求められた信頼性・小型化・省エネルギーの要件は、温室農業向けの分散型装置にそのまま転用可能であり、この技術的親和性がSkytreeの最大の「堀」です。
第二に、市場のタイミングです。欧州、特にオランダの園芸産業では、化石燃料由来のCO2供給の縮小が「存続に関わる危機」として認識されつつあります。脱炭素化は長期的なトレンドですが、CO2供給の代替手段を必要としている生産者にとって、Skytreeの技術は「あったらいい」ではなく「なければ困る」ソリューションになりつつあります。
第三に、顧客が投資家にもなるというビジネス構造です。Koppert CressやHorticoopといった園芸産業のプレーヤーが株主として参画していることは、技術の実用性に対する市場側からの信任であると同時に、販路開拓におけるアドバンテージでもあります。
日本の完全閉鎖型植物工場や高機能温室でも、CO2施用は収量を左右する重要な技術です。現在の日本では液化CO2の購入やLPガスの燃焼が一般的ですが、エネルギーコストの上昇や脱炭素の要請が強まる中で、DACによるオンサイトCO2生成という選択肢は中長期的に検討に値するでしょう。
参考URL
- Skytree 公式サイト
- Skytree 温室向けDAC ソリューション
- Skytree DAC Powers Koppert Cress Climate Goals
- Skytree Introduces Direct Air Capture Unit Stratus
- Space tech brought down to Earth: Skytree’s carbon capture innovation – ESA BIC Noordwijk
- Amsterdam’s climate tech startup Skytree raises 5.5M – Silicon Canals
- Skytree rolls out first DAC units to Dutch greenhouses – Carbon Pulse
- Skytree introduces new Direct Air Capture unit for large-scale CEA – CEA inSight
- CO2 enrichment in greenhouse production: Towards a sustainable approach – PMC