有機栽培をしている農家さんの多くは、「有機なら種から育てるもの」というイメージをお持ちかもしれません。実際、日本では有機JASに対応した有機種子を自家で播種し、苗まで育ててから定植するスタイルが長く一般的でした。
一方でここ数年、有機JAS対応の「有機苗」を専門に生産・供給する業者も少しずつ増えています。育苗までを専門家に任せることで、繁忙期の作業分散や気象リスクの軽減、ほ場ごとの生育をそろえやすくなるなど、現場にとって大きなメリットも生まれます。
この記事では、有機苗とは何か、「種から」と「苗から」それぞれの考え方、苗から育てることで得られる管理面のメリット、有機苗を買うときのチェックポイント、そして有機苗を供給・開発している主な事業者の紹介について、有機栽培の現場目線でわかりやすく整理していきます。
有機苗とは? ~有機JASと「苗」の基本~
まずは「有機苗」とは何かを整理しておきましょう。
有機JASでは、種子や苗も含め、有機的な方法で生産されたものを使うことが原則とされています。ただし、国内の有機種子・有機苗の供給がまだ十分でないことから、一定の条件下で慣行の種子・苗を使う経過措置も存在します。
一般的に「有機苗」と呼ばれるものは、有機JASに適合した土・肥料・管理方法で育てられた苗であり、可能なかぎり有機種子を用い、化学合成農薬や化学肥料に依存しない育苗が行われているものを指します。慣行苗とのいちばんの違いは、育苗期間中の肥培管理や病害虫防除の考え方そのものが異なることです。有機栽培のほ場に定植したあとも、土壌微生物や天敵のバランスを崩しにくいことが、有機苗を使う大きな意味のひとつになります。
現場では、「有機JAS認証を取得した苗」だけを指す場合もあれば、「有機的な方法で育てている苗」全般を広く指す場合もあります。この記事では、実務上の使われ方に合わせて、有機JAS対応を基本としつつ、実質的に有機的な育苗を行っている苗も含めて「有機苗」と呼ぶことにします。
有機栽培は「種から」が当たり前?実は増えている有機苗業者
有機農家の多くが「種から自分で育苗する」スタイルを続けてきた背景には、いくつかの事情があります。
かつては市場に有機苗そのものがほとんどなく、選択肢として「有機苗を買う」という発想を持ちづらかったこと。有機JASの要件をクリアできる苗が少なく、育苗段階で農薬や化成肥料を使うと有機ほ場への定植に使えなかったこと。そして、自分のほ場や出荷先に合わせて播種時期・品種・セル数を細かくコントロールしたいというニーズが、自家育苗を選ばせてきた側面もあります。
一方で、ここ数年で状況は少しずつ変わりつつあります。有機JASに対応した専門の有機苗生産者・業者が各地に登場し、露地野菜、施設野菜、果菜類、葉菜類など、作型や品目に応じた有機苗のラインナップが増えてきました。「自分で全部育苗するのは大変なので、繁忙期や難しい作物だけ有機苗を買いたい」という声も、よく聞かれるようになっています。
つまり今は、「すべてを種から自分でやる」か「すべて苗を買うか」の二択ではなく、作物や時期ごとに「種から」と「苗から」を組み合わせる選択肢が取れる時代に変わりつつある、と言えるでしょう。
苗から育てるメリット ~成長の揃いと管理のしやすさ~
有機栽培であっても、「苗からスタートすること」には大きなメリットがあります。とくに重要なのが、生育ステージを揃えやすいことと、管理のしやすさです。
成長を揃えやすい
プロの育苗業者が管理した苗は、発芽率や初期生育が安定しやすいものです。セルトレイ一枚のなかで生育が揃っていると、定植後の大きさのバラツキが減り、収穫のタイミングも揃いやすく、出荷計画が立てやすくなります。有機栽培では肥料がゆっくり効く分、初期の生育差が後半まで尾を引きがちですが、スタートラインが揃っていると、その影響を小さくできます。
管理の「山」をならせる
種から育苗する場合、播種、潅水管理、温度・保温、間引き、病害虫の予防といった作業が短期間に集中して発生します。多くの作物では定植・防除・草刈りが重なりやすい時期と育苗のピークがぶつかりがちです。有機苗を導入すると、育苗の一部または全部を外部に委託できるため、ハウスの面積や設備が限られていてもほ場管理に手を割け、雑草管理や病害虫の初期対応に手が回りやすくなります。現場の「作業ピーク」を平準化する効果が期待できるのです。
リスク分散と技術の外部化
気温が不安定な春先や、極端な高温・低温の年には、育苗の失敗リスクも高まります。有機では化学合成農薬に頼れない分、苗立ち不良や立枯れが出たときのリカバリーが難しいのも事実です。そうしたなかで、育苗のノウハウをもった専門業者に任せることで、温度管理や用土選び、病害管理の「失敗コスト」を減らし、何年もかけて育てるべき育苗技術を、必要に応じて外部から調達できるという考え方も、いまでは十分に現実的になっています。
有機苗の種類とロット・流通の基本
有機苗を導入する際には、どのような種類やロットがあるのかを事前に知っておくと選びやすくなります。
主な対象作物
- 果菜類:トマト、ミニトマト、ナス、ピーマン、キュウリ、カボチャ など
- 葉菜類:レタス類、キャベツ、ブロッコリー、ハクサイ、ホウレンソウ など
- 根菜類(育苗型):セロリ、ネギ、タマネギ、長ネギ など
とくに果菜類は、自根苗か接ぎ木苗(病害抵抗性・連作対策)かによって育苗段階の技術差がそのまま収量や病害リスクに影響しやすいため、この領域で有機苗を活用する価値は大きいと言えます。
ロット・注文単位
業者によって異なりますが、1トレイあたりの穴数(128穴、200穴など)を基本単位にした注文が多く、品種ごとに「○トレイ以上から注文可」といった最低ロットが設けられていることもあります。作期ごとの締め切り日(例:春作のトマト苗は○月○日までに注文)も、早めに確認しておくと安心です。有機苗は慣行苗に比べて生産コストが高く、少量・多品目の細かい注文には対応が難しいケースもあるため、「どの作物をどれだけ有機苗にするか」「どこまでロットをまとめられるか」を事前に整理してから業者と相談するのがおすすめです。
受け取り方法の例
- 農場・育苗センターへの現地受け取り
- 宅配便・チャーター便での発送
- 他の農家との共同購入・共同受け取り
受け取り方法としては、農場や育苗センターへの現地受け取り、宅配便・チャーター便での発送、他の農家さんとの共同購入・共同受け取りなどがあります。有機苗は生育ステージがシビアなため、受け取り日・時間や、その日のうちに定植できるかどうかも含めて、事前にスケジュールをすり合わせておくことが大切です。
有機苗の選び方・購入時のチェックポイント
実際に有機苗を買うとき、どこを見ればよいのでしょうか。現場目線でのチェックポイントをまとめます。
有機JAS・ポリシー
- 有機JAS認証ほ場で使う場合:業者側が有機JAS認証を取得しているか、苗がどのような資材・肥料で育てられているかを確認する
- 認証を取っていないが有機的な栽培をしている場合:自分たちのポリシーに照らして、「ここまでなら許容できる」という線をはっきりさせておく
品種・作型・地域との相性
- 自分の地域で実績のある品種か
- 露地かハウスか、作型(早出し、抑制など)に合った品種・苗齢か
- その業者が実際にどんな農家にどれくらい納めているか(実績)を聞いておく
受け取り時に確認したい点
- 本葉の枚数・茎の太さ・節間の詰まり具合
- 葉色(徒長していないか、過度に濃くないか)
- 根鉢のまわり具合(白い細根がしっかり回っているか)
- 病斑や害虫被害の有無
初回は少量でもよいので、実際に自分のほ場で育ててみて「この業者の苗はウチの土と相性が良いか」を確かめるのが安心です。
ロット・価格・納期
- 最低ロットや価格帯が自分の作付け規模に合っているか
- 納期(いつ、どのステージで届くか)が作業計画と噛み合うか
- キャンセルポリシーや不良苗の取り扱い(補償)の考え方
有機苗は慣行苗より高価になりやすいため、単価だけでなく「失敗リスクの低減」まで含めたコスト感覚で見るのがおすすめです。
有機苗を供給・開発している主な事業者
日本国内では、顧客の要望に応じてゼロから有機専用の品種を育種する「受託育種専業」を表だって掲げている企業は、現時点ではほとんど見当たりません。近代農業が化学肥料と農薬を前提としたF1品種の開発を中心に発展してきた経緯があり、有機栽培のような低投入環境に特化した品種開発は、まだ産業として十分に分化していないためです。その一方で、有機苗の受託生産や栽培技術の受託開発、あるいは有機農家向けの苗の供給を手がける事業者は、少しずつではありますが確実に存在しています。ここでは、そうした取り組みが比較的明確に確認できる事業者の例を紹介します。
株式会社オーガニックnico(京都府)
データを活用した有機農業と栽培技術の開発・普及を両輪にする有機農業の総合カンパニー。有機いちご苗の受託生産を、培土の最適化・人工気象器による発芽管理・環境制御・炭酸ガス燻蒸などを組み合わせたデータ駆動型の工程で手がける。大学・企業との受託研究(土壌微生物叢の解析、AIを用いた生育評価、赤色LEDによるアザミウマ防除など)も実施している。
福井シード株式会社(福井県)
苗の供給と有機栽培向け資材の開発で有機農家を支える種苗会社。自社育成トマト品種の無償試作苗(接木プラグ苗など)をプロの農家に提供し、圃場で生育・品種特性を確認したうえで本格導入を検討できる体制を整えている。福井県立大学との共同研究で、カニ殻由来キチンを主原料とした植物活力剤「植物剛健」を開発。苗の色や根張りの強化、化学肥料削減時の収量向上などの使用実績がある。
有限会社徳島シードリング(徳島県)
完全閉鎖型の人工光育苗システムを用いて、有機栽培に適合したプラグ苗の受託生産を行う育苗専門企業。温度・湿度・二酸化炭素・光環境を厳密に制御し、外部からの病害虫侵入を抑えた無農薬育苗が可能で、50穴大型プラグなど生産者ニーズに応じたオーダーメイド苗にも対応している。
公益財団法人 自然農法国際研究開発センター(長野県)
無施肥・草生栽培など自然に近い過酷な環境で選抜を重ね、日本の気候風土に適応した有機・自然農法向け品種を育成する研究機関。自社育成の「自然のタネ」を用いた有機苗事業も展開しており、プロ農家向けだけでなく家庭菜園向けに、ナスやキュウリ、トマト、アブラナ科葉物などの自根苗・接木プラグ苗セットをEC等で供給している。
有機苗をめぐる市場は、いま転換期にあります。
- 経験則からデータ駆動へ:有機育苗が、データやアグリサイエンスに基づく再現性の高いプロセスへと移行しつつある
- 物理的・生物的防除のモジュール化:赤色LEDによる昆虫の行動制御や、有機JAS適合の炭酸ガス燻蒸など、化学農薬に頼らない技術が普及し、無農薬育苗の選択肢が広がっている
- 種苗会社と有機農業法人の連携:苗や資材の供給を通じて、実際の有機栽培環境での生育データが品種選抜や資材改良にフィードバックされる動きが生まれつつある
有機苗を「買う」「委託する」選択肢は、こうした変化のなかで今後も広がっていくと考えられます。ほかにも有機苗の供給や受託生産を行っている事業者がありましたら、読者の方からの情報提供も歓迎します。
おわりに
有機栽培というと、「すべて自分の手で種から育てる」というイメージを持たれがちです。しかし実際には、育苗までを専門家に任せることで、本来注力すべきほ場管理や販売に時間を割けるという考え方も、持続可能な経営には欠かせません。
もちろん、すべてを苗に頼る必要はありません。作物や時期ごとに、どこまでを自分でやるか、どこからを有機苗業者と一緒に取り組むかを整理していくことで、作業の山をならしながら、栽培の安定性と収量・品質の両立を図ることができます。
本記事が、「有機苗」という選択肢を検討するきっかけになれば幸いです。